ある日の数学アナ

第13回 モノを買わないって、ダメですか?

2010.07.16更新

こんにちは。
梅雨シーズンともなると空気はじめじめ、気温も高い・・・
とくれば、ちょっと歩いただけで背中や首は汗でじっとりになってしまいますね。
ついつい散歩も億劫になりがちです。
でも、この時季の雨は恵みの雨。
朝、水をやる植物たちが青々と茂っているのを見ると、
「うーん、そんなことを思ってはいけないのね」と思い直します。
でも「夏よ、早く来ておくれ」というのが正直なところだな、やっぱり。

さて。
先月の原稿からわずか1カ月の間に、政治は大きく動いてしまった。
鳩山さんは今や前総理という肩書きだし、
民主党は菅新総理を代表に立てて選挙戦真っ只中だ。
今回も消費税や社会保障、景気対策など様々なテーマが浮上している。
毎日ニュースを伝える側にいても判断に迷うところだが、
有権者の皆さんはどういう判断をするのだろうか。

「増税すると再び景気が冷え込む。失われた何十年になってもいいのか」
「消費増税論議なんて、トンデモナイ」
あるいは
「今財政再建しないでいつやるんだ。日本もギリシャみたいになってしまう」
など消費税一つとっても考え方は様々だ。

そんな判断が分かれる目先の景気対策はちょっと置いておいて
私が気になっているのが、
「内需の拡大は今後、あまり見込めない」
という話とともに登場する、
「昨今の若者は消費しないしモノを買わない」(ため息とともに)
という話。

多分、実際のところそうなんだろう。
そもそも人口は今後緩やかに減っていくのだから、
高度経済成長期のような経済活動を見込めない。
で、経済が回らなければ雇用も生まれないし、国の財政も窮する。
だから
経済活動が縮小する=よろしくない
というニュアンスで言われることが多いと思う。(多少の飛躍はあるが)
でも、本当によろしくないのだろうか。

いや、私だってわかっているのですよ、頭では。
年金で言えば上の世代を下の世代が支えるという方式を取っている以上
税源が減るということはシステムを維持する上でよろしくない。
社会保障の担い手という意味で若い世代は確実に必要だ。
そして何よりも世の中が経済で回っていることは否定しようがしまいが、事実として存在する。

一方で、就職氷河期に就職した私たち若い世代は上の世代に比べて
雇用が安定していない場合も多い。
非正規雇用など不安定な雇用形態を強いられている人もいる。
それを消費しない若者として一括りにされるのには首を傾げたくなる。
そんな価値観をなぜ押しつけられなければならないのだろう、と。

善悪は別として、今の私たち若い世代は、
そもそも「モノを買う」行為そのものにそれほど興味がないのではないか。
何かを買って「所有する」ことにかつてのそれと同じくらいの喜びを見出していないように思う。

でも、価値があると判断したものに対しては、きちんとおカネを払う。
それをお金にシビアと見るか、モノに囲まれて育った世代だからこそ
選別する眼が肥えていると言うべきか。
何かを所有することにはそれほどの魅力を感じていなかったとしても、
他では決して得られない経験をすることに対しては、ワクワクを感じているし
決して安くない金額でもお金を遣ってもいいと思っていたりする。

なんて思っていたら最近「断捨離」という言葉をよく見かける。

モノを捨てることが、所有することの正反対に位置するとすれば
「所有する喜び」から時代は「捨てる喜び」に移ってきたということなのか。
みんなが捨てる行為そのものに喜びを見出し始めたのだとすれば、面白い。
これまでとは正反対の概念は世にどこまで受け入れられ定着するのか
陰ながらこっそりと見守りたい。

でも、個人的にはこれ以上余計なものを増やさずに、
今ある要らないものは捨てなくちゃ、と散らかった部屋を前に思うのであった。

さあて今週末にでも片付け、するか~。

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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