ある日の数学アナ

第16回 途中式の効能

2010.10.08更新

今や何か文書を作成するとなるとパソコンで・・・という方がほとんどだろう。
オフィスの文書、レポートの作成、メールのやり取り、学校などの講義をメモする。
ありとあらゆる場面でパソコンが登場して久しい。

でも、手書きにこだわっている方や筆の感触を求めているという方の話を聞くと
「確かにその方が伝わるような気がするなあ」と思わなくもない。
「真心や人柄が滲み出ますし」なんて言われた日には
一瞬「ドキッ」としてこりゃ筆まめな人にならねばと
努力をしたこともあるのだけれど、
やっぱり長続きしなかった・・・私だけ?

ここで言い訳しても仕方ないのだが、ブラインドタッチを習得してしまった以上、
パソコンを使ったほうが圧倒的に能率的なのですよ。
そもそも手書きでは長時間書き続けていると疲れるし、
文字を修正するのも、話の順序を入れ替えたりするのも圧倒的に
パソコンの方が便利だし出来上がりが「完成形」に近い。
とくどくど言い訳してきたわりには、最近「完成形」に近いものが
数時間の作業の後に目の前に出来上がっていることがベストなのかというと、
必ずしもそうでもない気がしてきた。
なぜなら、どうやってそこに至ったかが、
あまり思い出せないことが多々あるからなのです。

思い返せばだいぶ昔になりつつある学生時代、
解答用紙には必ず「途中式」を書くようにと口を酸っぱくして言われた気がする。
この目的は言わずもがな、完全なる正解に辿り着けなくてもどういう思考過程を
たどったのかを見るためである。
試験では、どうしても○か×かに目が行きがちだが
本当はその過程の方がはるかに重要だ。
一方で入学試験などでは、わずか1点の差で結果が分かれてしまうから
きっちりと正答出すことの重要性は明らかだ。

政権交代した当初は教員免許の更新制度は廃止にするなんて言っていたのに
最近になってやっぱり続行! という話が出始めていて、
教員免許を持っている立場からすると
若干悩ましい部分もあるのだがそれはおいておいて、
教員の立場から生徒の答案を眺めた時のことを想像してみる。

やっぱり仮に正答に辿りつけていなかったとしても
手を動かすこと自体非常に重要だし、
あと一歩のところで間違えてしまったのだとしたら、
途中まではある程度評価してあげたい。
それが素直な感情だと思う。

で、冒頭に戻ってパソコンの話。
もうお察しですね。

結局パソコンで文書を作成すると仕上がりは間違いなく綺麗で完成したものが
出来上がっているのだけれど、途中で辿った過程は決してゴミばかりではなくて、
意外と宝物が隠れているんだよ、ということなのだ。
あとで別のものに流用できたり、
直接役に立たないまでも応用できるものが沢山ある。

だからまず手を動かして書き始め、
たとえ納得のいかない内容になりつつあったとしても
カットしたりDelキーを押したりせずに、ある程度放置しておこう。
途中式、じゃなかった大事な思考過程を消してしまうなんて勿体ない。
実際にこの日々是でも、書き出してみて
「なんか違う気がするなあ」なんて途中で放りっぱなしになっているものでも、
あとで見たら、「!」なんてことがままあるから。
文章を書くときに「アー何も書くことが思いつかないヨー」なんて言っていても、
雑談の中でネタが生まれることもあるし、
実際に書き始めているうち閃く瞬間が訪れたりもする。

やっぱり体を動かすことって大事ですね!
健康のためだけじゃなくて頭の整理にも。

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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