ある日の数学アナ

第20回 女子アナってなんだろう?

2011.02.18更新

就職氷河期が相変わらず続いている。
しかし、そんな氷河期を乗り越えて入社した会社でもすぐに退社の二文字が
頭を行き来する人がいるとか。

「これは自分には向いていない」
「自分にとっての天職じゃない!」
「自分がやりたいこととは違うっ!」

などと思うのだろうか。

もちろん、自分を押し殺してまで頑張る必要なんてまったくないし、
明らかに「これは向いてないなあ」と感じているのに続ける必要なんてこれっぽちもないと思う。
だからこれはあくまで個人的な体験だとしつこいくらい前置いた上の話。

私は来る4月で入社10年を迎える。
40歳や50歳近い先輩からしたらまだヒヨっ子間違いなし!
でも、働き始めた頃に感じた「入社10年」という響きをもう一度脳内に反芻してみると
彼らは途方もなく大きくて遠い存在で、はるか彼方にいるように思えたのを
ありありと思い出す。

私はアナウンサーとして採用されたので専門職採用だ。
総合職の一般入社の場合とはまた少し違うかもしれない。
でも自分が働き始めてからの時間は、あっという間だった。

いや、ちょっと待って。
そもそも本当にあっという間だったのか。
強烈に印象に残っている仕事は沢山あるし、それらがいつどのように起きたのかを思い起こすとそれほど「あっという間の10年」ではないような気もする。
そうだ。
これはちょうど寝不足でうとうとと一瞬「落ちる」瞬間の、あの感覚にちょっと似ている。
一瞬なのか、長い時間なのかよくわからない、あの感じ。

10年が経とうとしているのはどうやら夢ではないらしい。
時間は連続していて、切れ目なく続いてきて今の自分があるんだし、
一年ごとに自分が携わってきた仕事やその時々に経験した様々な思いは
私のなかに少しずつ積み重なっている。
確かに10年という時間は私のなかに存在しているし、途中何年かが抜け落ちたりなどしていない。
もう10年、されど10年。

「アナウンサー」という仕事をしていると
とても多くの人に会うことができる。
これは、文句なしにとても幸せなことです。

いわゆる大御所とよばれる方は、裏でも人一倍"気遣いの人"で尊敬したり、
あちこちにひっぱりだこでとってもお疲れモードなはずの芸人さんが
メイク室でもとっても気さくでサービス精神旺盛だったりする。
年齢を聞いても信じられないくらい若くて素敵な女性に出会って刺激を受けたこともあったっけ。
日頃の努力がいかに大事か思い知ったのを思い出した。
忘れてたら意味がないのですが!
そんな具合に、会う人・会う人皆さん努力の人で、皆が人生のお手本といった感じ。

でもそんな、「多くの素敵な人に出会うことができること」以上に幸せだと思っているのが
この仕事は「決してゴールが見えない」ということがわかったこと。
ここまでの10年間は常に悩みとともにあったといってよいと思う。

そもそも、数学科出身の自分。
大学時代にアナウンスの勉強をしたことなんてまったくなかったし美容にも詳しくない。
入社したばかりの頃、雑なメイクの仕方をメイクさんに驚かれたこともあった。
人より多少は滑舌がいいらしいということはわかったけれど、
自分にはアナウンサーという仕事が向いているのだろうか。
一度考え始めるとキリがない。
いわゆる「女子アナ」に求められる素質が備わっているかどうか怪しいという自覚だって
自慢じゃないけれど大いにあった。
そりゃあ当初「まあ、なかには自分みたいな女子アナがいてもいいんじゃないか」
という気持ちがまったくなかったかといえば嘘になる。
というか、そもそも女子アナって何なんでしょう?
未だに答えが見つからない。

他人の人生は生きられないので、あくまで自分が考えるようなアナウンサーにしか
結果としてなれないわけだけれど、アナウンサーになった今でも大いに試行錯誤しながら
手探りで仕事をしているし、日によって好不調がある。
他人からしたら何が良くて何が悪いのかわからない程度かもしれないが、
その日の声の調子、マイクへの乗り方、原稿やナレーションの表現方法に
納得がいかないとか、はたまたメイクのノリに至るまで、
数えだしたらキリがないんですって、ホント。

失敗してしまった時などは、当然のことながら落ち込む。
でもすぐに気がつくのだ。
自分には挽回のチャンスがあるということに。

そんなの甘えだ! と取られてしまうと、それは本意ではないので
そうでないことだけは、声を大にして申し上げます。
幸運なことに毎日放送に携わっていると、その日の懺悔を次の日に挽回しようと
トライしたり、よりよいパフォーマンスをしようと努力したりすることが
かろうじて許されている。多分。
そして仕事をする上でのスキルは、そういう日常の小さなトライ&エラーを繰り返すなかで
ふとしたタイミングで「ぴょん」と厚みが増すものなんじゃないかと思う。

小さな失敗と、ちょっとした負荷。
「ああ、しんどいなあ」という時こそが大事だ。
後で振り返ってみると、あの辛い時期があったからこそ今の自分があると感じることが多い。
まあこれも、小さな積み重ねがあってというのが大前提で、それがなければ意味がない。
土台も基礎工事も何もないところに、いきなり堅牢なお城を建てようとしても
所詮無理なのと同じことです。

本人にも話したことがあるので、もう陰口でもなんでもないのだが、
数年前に携わっていた、とある仕事にて。

「来週はあの厳しい先輩と一緒の仕事かぁ。うう、今から胃が痛い・・・」

なんてことが度々あった。

でもこの自分にとって胃が痛い時期がなければ、今の自分はなかっただろうなあと
常々感じている。
だから胃を苛めてくれた人(笑)を心の底から感謝しているし、
厳しいダメだしも今となっては懐かしい。
でも、正直、とても不思議な気分です。
渦中にいるときはそこから逃げたくて逃げたくて仕方がないのに、時間が経つと
いつの間にかほんわかした思い出に変わっているのだから。
時間は、強い味方だ。

いまだに女子アナって何なのか、どういう境地にたどり着くのがよい状態なのか
答えが見つからない私だけれど、
そうやってずっとずっと何かを探し続けて行く過程そのものが
女子アナという道なのかもしれないなあという気はしている。
そして向こう10年の目標はなんとなくわかってきたように思う。

まだはっきりと表現することはできないが、ここからまた長い歳月をかけて熟成させ、
ほんわかした思い出とともに何らかの形ができ上がっていることを
今からとても楽しみにしている。

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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