ある日の数学アナ

第21回 一歩でも前に

2011.03.18更新

今月は2月末に起きた入試問題がインターネット上に投稿された件について
書き始めていた。
私なりに思うところがあったから。

全体像は当初心配されたほど大きな問題ではなさそうだということが
わかった時点で次第に報道は収束していったが、それにしては
ちょっと騒ぎすぎだったのではないかというのが個人的な見解だった。

当該受験生に同情する部分も、若干あった。
とはいえ不正が野放しになるのも変だし、単純にカンニングした受験生が
不合格になるというただそれだけでよかったのに・・・
なんて語り始めたら止まらなくなりそう。

一瞬このままの話でいこうと思わなくもなかったのだが、
私たちが何気なく暮らしている日常は、こんなにもあっという間に
崩れてしまうものなのかと言葉を失うような災害が起きてしまった。
東北地方を中心とする東日本大震災。

まずは今回の震災で被災された方々にお見舞い申し上げます。
この地震は世界的に見ても史上4番目の規模だという。
マグニチュード9.0だなんて、にわかには信じがたい。

そもそもマグニチュードは当初7台だったが次第に引き上げられ、
ついには9.0になってしまった。
マグニチュードは0.2違うと、規模としては倍になるということだから、
1違えば2の5条で32倍のエネルギーを持つという計算になる。
今回の地震で日本列島が2.4メートル移動したというデータまで出てきた。

地震が起きた時。
私はちょうど、メイク室にいた。
いつもどおり夕方ニュースに出演する為の準備をしていた。

揺れ始めは、いつもと同じような軽い揺れだと思い込み、談笑を続けていた。
しかし次第に今までに感じたことのないような揺れが襲ってきた。
すぐに先日起きたニュージーランド地震が頭をよぎる。
いてもたってもいられず屋外に飛び出した。

すると、同じように感じた人たちが既に群をなしていた。
地面に立っているのも難しいような揺れが続く間、
みな不安そうにビルの上を見つめている。

木々や街燈も激しく揺れている。
私のいたビルは高層構造ではなく、さほど揺れているようには見えなかった。

しかし隣のビルはかなりの高層ビルのため、上層階が揺れの衝撃を緩和すべく
ゆらりゆらりと揺れていた。
まるで柳のようだ。

完全に折れて地上へ・・・という可能性は極めて低いと頭ではわかっているのに、
経験したことのない大きな揺れに、喉がいつも以上に渇き、心臓が必要以上に速く
鼓動を打っているのが自分でわかった。

慌てて周りの人々の様子をレポートし、カメラと一緒に走り回ってから
いつものニュース準備をする報道フロアへと戻った。

時間が経てば経つほど甚大な被害の状況が明らかになっていった。
目を疑うような映像が次々と飛び込んでくる。
そしてその状況は残念なことに、今もなお続いている。

決して終わりが見えたわけではない。

津波の被害だけでも甚大なのに、輪をかけて問題になりつつあるのが
原子力発電所の事故だ。
決して少なくない割合を原子力発電に頼っている日本としては、
この度の原発トラブルには足元をすくわれるような格好となった。

そしてこの件に関しては情報の出し方の難しさを改めて痛感した。
下手に国民を煽ってもいけないし、ましてや出す情報をコントロールすることなど
あってはならない。

原子力の事故としては過去最悪となっているチェルノブイリの事故は
情報開示が遅れたことで被害が拡大してしまった。

ところが会見の様子を見ていると、広報側の情報把握の難しさや、
事象が現在進行形で起きていることもあいまって、
とても歯切れの悪い会見となってしまっている。

わかりにくい説明が多くなっていることも否めないが、
それにも増して気になったのが、記者の態度。
同業としては、あの会見に煮え切らない気持ちになるのはよくわかる。

しかし、悪態ついていいかというとまた違う。
記者には言葉がある。
もし責めるべきとすれば、広報の人その人ではなく、企業の体質なはずだ。

自分が同じ立場に置かれていたら、
さらにはテレビというメディアの在り方についても再認識することになった。

私は今回の震災で被災地を取材することはなく、スタジオに刻一刻と
入ってくる情報を伝える任務だった。
次々と届けられる映像の凄まじさに、
ただただ「自分は無力だ・・・」と思わざるをえなかった。

ところが次第に「テレビ」のあり方を再認識することとなった。
残念ながら自分が急に無力でなくなったわけではないのだが、
それでも、テレビカメラを通じて、心配している遠くの家族、親戚を始め
多くの人に自分の安否を伝えることができる。

それがテレビという媒体の持つ力なのだということにようやく気がついたのだ。

考えてみれば、いつも自分が出演している姿を見てくれている祖母もいつも
「今日も見てたわよー」と声を掛けてくれる。
その逆のパターンだ。

まだ震災報道は続いている。
何をどう伝えるべきか、自分としても迷いながらの日々だが、
それでも一歩でも前を向いて、自分にできることをやっていきたい。

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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