ある日の数学アナ

第23回 ボランティアに行ってみて

2011.05.27更新

今から少し前のことになる。
震災が起きてから1カ月たった宮城県の亘理町にボランティアに行って来た。
といっても、戦力になったかどうかも怪しいくらいで、
ボランティアに行って来ましたと口にすることさえ気が引ける。
そもそも個人的には、ボランティアに行くという表現そのものにも
ちょっとした抵抗感がある。

なにはともあれ、日頃から鍛えているわけではない私。
力もなければ体力もない。
参加したのも一日だけ。

同じチームで黙々と作業をしていた若い女性の姿が逞しくて勇ましくて、
被災地ではほとんど役に立たない自分と対峙する羽目になった。
当日私がお手伝いさせて頂いた作業は、津波で浸水して
手つかずになっていた集会所の掃除、道路の清掃、側溝の泥かきなど。

一緒に活動したグループは15人程度で、年齢層もばらばら。
東京から何かせずにはいられないと駆けつけた40代くらいの会社員、
ボランティア経験が豊富な40前後の女性、大学生の男女、
そして30代会社員の非力な私といった構成だ。

地域の方に指示を受け、掃除場所へと向かう。
まず最初に向かったのが、地域の皆さんがしばしば集まっていた集会所。
地域の若いお母さん方やお年寄り同士が集まってお茶を飲んだり、
おしゃべりをしたりする「地域コミュニティ」の中心となっていた場所だ。

いざ、なかに足を踏み入れてみると、湯のみや茶碗、コップ、酒瓶といった
私たちの日常で当たり前すぎて何ら注意を払うこともないようなものが
戸棚のなかで暴れまくって踊った後の状態だった。
それだけでなく、床にはガラスや釘が散乱したまま。
畳に至っては見た目だけではどのくらい柔らかくなっているかがわからず、
踏み抜いた時に、脛を思い切り打撲してしまった。

これまでにも被災地の窮状を仕事柄かなり多く「映像」では目にしていたので、
被災地に入る前から、頭ではわかっていたつもりだった。
しかし、ガラスや釘が至るところに落ちていることの恐ろしさは
「くれぐれも破傷風に気をつけて作業をしてくださいね」という言葉とともに
ぐっと目の前に迫ってきた。

倒壊家屋や損壊家屋、傾いた家屋として計上されていなくても、
今もってなお怪我や危険と隣りあわせで暮らさざるを得ない人が数限りなくいる。
思わず唾をごくりと飲み込んだ。
その後、近くの道路の清掃をしてから側溝の泥かき。
これが本当に体力の要る仕事だった。

側溝は津波が押し寄せる前は、水が滞ることなくちょろちょろと流れていた
はずの場所だ。
それが今や大量の土砂や、大小さまざまな流木、家屋から流出した
思い出の品々とともに埋まってしまっている。

スコップを持って粘度たっぷりで重くなった泥をひたすらかき出していく。
男も女も関係ない。
私よりはるかに若いであろう大学生くらいの女子も
スコップ片手に作業する姿はとても様になっている。

私はというと、そこまで要領よく作業することはできず、
一度にかき出せる量は少ないながらも、回数を重ねていく。
仮に一回辺りが少なかろうが繰り返せばそれなりの量にはなる。
腰に来る負担と戦いながらの作業となった。

夕方近くなって、辺りが寒くなってきた頃、撤収の合図があった。
地区長さんが「お疲れ様でした、これでも飲んでください」といって
ウーロン茶やジュースなどの飲み物を下さった。

「すごく助かりました、ありがとう」と言われると、心底汗かいてよかったなあと思う。
と同時に、本当は全体からしたあまりにわずかな仕事量で、
大して役に立っていないこともよくわかっていたから、
こんな大変な時にも東京から来た私たちに対する心遣いを忘れない
地域の皆さんの人としての大きさに恐れ入ってしまった。

とはいえいくら自分は大して役に立っていなくても、
現地に行って自分の目で見てくる機会を得たことには
とても感謝しているし、そこにはやはり意味があった。

ちょっと矛盾するようだが、泥かきなどの作業には特殊な技術は要らず、
ただただ人数が必要で、仮に私のように非力なボランティアだったとしても
いくらいても足りるということはないように思えたからだ。

そして何よりもこうした事実を「伝え続けなければいけない」という気にさせてくれた。
たとえ非力だったとしても、私にはこうして自分の思いを伝えられる場所がある。
日々ニュースに携わっていることで多くの視聴者と、何らかの接点がある。
時間さえ許せばコメントすることだって可能だ。
そのことを最大限に活かさなければいけない。

自分にできることを、というのが今回の震災で
皆が思ったことだったと思うけれど、まさにその通りだ。
被災地が震災から本当の意味で復興できる日まで、
しつこいくらいに伝え続けて息の長い支援をしていかなくては、と
大量の宮城のお土産を手に新幹線に乗り込んだのだった。

「このお土産も、立派に被災地支援のひとつなのだ」と思いながら。

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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