ある日の数学アナ

第24回 「伝える」という仕事について(1)

2011.06.17更新

縁あってアナウンサーという仕事を生業にすることができて
幸せだなあと思う。
「アナウンサーになってなかったら経験できないことが沢山あるでしょう」
・・・仰る通りだ。
これまでの人生では話すことさえなかったような人に会うことができた
という経験はままあるし、
エネルギッシュな方にお会いして影響を受けることも多い。

この辺りは「女子アナってなんだろう?」の回にも述べた通りで、
もしよろしければそちらもお読みになっていただければ幸いであります。

しかし何よりも嘘偽りなく幸せだなあ、感謝しなくてはなあと
思っていることのひとつに
「人生をかけて取り組むべき、答えのない宿題をもらった」
ということがある。
言わずもがな、どれだけ極めても極めることができないアナウンス道のことだ。

アナウンサーとして仕事を始める前の学生時代。
鳥越俊太郎さんの「ニュースの職人」という著書を読んでいたく感激した。
ご自身がいかにニュースの職人として真っ直ぐに仕事に取り組んでいるかが
よくわかる本だ。
氏は新聞記者出身なので、いわゆる「女子アナ」というくくりでカテゴライズされる
私とはまったく違う。

だから、恐れ多くて、とてもじゃないけど同じ土俵で話をするわけにはいかないが
今の私は、まあ「アナウンサー職人」の足元にようやく立っている、
くらいは言ってもよいかもしれない。
少なくとも伝えるということとは一生懸命向きあってきたつもりだ。
ここで職人という言葉を使ったのは、自分にはいわゆる"女子アナ"として
優秀ではない自覚があるので、何か造語を使ってしまおうと思ったのだった。

というのも入社試験を受けているときから自分が女子アナと聞いて想像する
華やかな世界とは遠いところにいるなあという自覚があった。
とはいえ「採用してくれたってことは、まあ頑張りなはれ」
ってことだろうと勝手に解釈し、入社するに至った。

そこから10年。
この長いようで短い、いや短いようで長い10年という時間をどのように感じてきたかは
前回書いた通りだが、
本業である「伝える」という行為とどう向きあってきたのかについて
改めて考えてみたいと思う。

とはいえ職人の道でいえば10年選手なんてまだまだひよっこ、かけだしだ。
そんな分際で何を偉そうに語れるんだという思いがある一方で、
伝えることについてこんなにも考え、追求することを許されている立場は、
世の中そう多くない。

話すことを専門としていない多くの人々でさえ、この「話す」という行為からは
逃げられないのに
このこととずっと格闘していいなんて恵まれすぎている。

自分では当たり前のように身体化してしまっている作業を
少しずつ紐解いてみたら、色々と面白い発見がありそうだし、
もし話して誰かに伝えることについて思うところがある人にとっては
ちょっとしたヒントになるかもしれない。
ということで甚だ僭越ではあるけれど、しばしお付き合い下さい。

そもそも伝えると一口で言っても何をどう伝えるのか。
そこから始まる。

かなりざっくりしているけれど、
1)他人の言葉を自分が代わりに話す場合
2)自分の言葉を自分で話す場合
このふたつに大別される。

恐らく多くの方のご想像通り、2番目の「自分の言葉を自分で話す」のは簡単だ。
なぜならそこにはテクニックなどは必要とされないから。
直球勝負で本音を語れば、相手にちゃんと通じるし、届く。
別に立て板に水のごとく話す必要なんてないし、滑舌だって多分、
それほど重要な問題ではない。
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でもごもご話すのはご法度だけれど
そうでなければ大丈夫。絶対に伝わる。

問題は、1の他人の言葉を話さなければならない場合だ。
これは極めて難しい。
でも、アナウンサーとしてはこの作業を求められることがとても多い。
もちろん自分で取材して報告したり、プレゼンする時などは
自分が話しやすいように表現を自由に変更できるので当てはまらないのだが、
いつも自由に勝手に書き手の意思を無視して手を加えてよいはずもなく、
そうなってくるとちょっとした技を必要とする。

ここで再び大きく係わってくる要素として「時間」がある。
準備の時間がある程度与えられている場合は、それほど難しくない。
こうしよう、ああしようと思案することができる。
声にしてみて、ちょっと表現が違うな、書き手の意図はこうだな、などと
試行錯誤することができる。

問題はそうではない場合だ。
「ハイッ」と渡されてそれを瞬時に自分の言葉に置き換えなければならない。
そういう時、私たちはいったいどうしているのか。

続きは次回!

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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