ある日の数学アナ

第25回 呼吸するように話す

2011.07.15更新

大抵の人は「ハイあなた、これ読んで!!」なんて急に渡されたものを
発表しなければならないシチュエーションはそうそうない。
だからこんなシチュエーションについての心配をする必要はなくて、
試行錯誤する時間的余裕がある場合をいかに上手に表現するかさえ
コツを掴んでしまえばよいと思われます。

この「時間に余裕さえあれば難しくない場合」というのは
表現する人として最低限のラインを守るのが難しくないだけであって
実はずっとずっと奥が深いと思う。

アナウンサーでなくても、他人の言葉を借りて情報を発信しなければ
ならないことは誰にだってある。
新製品、新商品の発表会などでお目にかかることが多い。
あれ、一見簡単なようでいてとても難しいんですよね。
下手すると商品、製品の紹介がまるで他人事のように聞こえてしまう。
そのほか、もっとずっと少人数の前でプレゼンをする場合なども
自分で情報を発信していることになりますね。

技術があればすべてが解決するんです、なんてことは言えないけれど、
ちょっとしたコツは、たぶんあります。
いや、あります。
ある。

これまで職業柄、話すという行為そのものと長いこと対峙せざるを得なかった
私としては、うまくいくときといかないときの差が経験的にわかっている
ような気がするのだ。
なんとなく。
もちろん失敗も数多く経験してきたからこそこんなことが言えるわけで、
今でも自分の中では今ひとつだなあということはもちろんあるのだが、
それらはちょっと置いておく。

今の私は、「話す」行為について、何か特別に意識してやっているのではなく、
息をするのと同じくらい当たり前のものとしてやっている。
声を張ろうとか、こういうトーンで話そう、とか滑舌とか、
小さなことから大きなことまで含めてすべて。
でも、最初はそうではなかった。

上司が「ニュースは呼吸するように当たり前にこなせ」とよく言っていた。
このことが10年たった今ならよく分かる。

人間、意識を複数のものに分散させてしまうと、ひとつの事柄に集中する力は
どうしても落ちてしまう。
これは仕方がない。
でもそのうちひとつが完全に体得できていてほとんど神経を払わずに
こなせるとしたら、どうだろう。
もうひとつのことに集中できるではないか。
恐らくこういうことを言っていたのだと思う。

入社当初は、呼吸するように当たり前のこととしてニュースを読むというのが
どういうことかよくわからず、
「まあ、呼吸する時のように力まずにやれよ」ということかななんて思って
わりと流していた。(すみません)
が、そうではなかった。

今すぐできることとしてお薦めしたいのは、話す内容をきちんと把握することだ。
「えっそんな単純なこと?」と思われるかもしれない。
でも結局それが遠回りなようでいて一番の近道だと思う。
中身が曖昧なまま話していても、面白いほど相手に伝わらない。
同じ言葉を発していたとしても、中身の理解が薄いままでは
ただの音の塊でしかなくなっている。

悲しいかな、理解して話をしているのとそうでないのでは
顕著に違いが出てしまうのだ。
声がうわずっているとか、自信がなさそうに見えてしまうとか、
そういうマイナスの言動も多分に起こりうるだろうし、
そうした雰囲気が聞く人に影響を及ぼしている部分があるかもしれない。
だがしかし、そんなことより何より「聞いていて分かるか分からないか」だ。
相手が熱中して話にきちんと乗り出すことができるか否か。
これに尽きる。

大学で聞くような難しい講義、あるいは専門知識を必要とするような場合は
初めて聞いてただけでは分からないこともあるので別として、
たいていは注釈さえ付けて説明していけば、まあ理解は出来る。
日常生活で特に注意を払って耳から入ってくるものに意識を集中させる
ことは少ないと思うけれど、今この瞬間から
自分の耳に入ってくる他人の言葉に敏感になってみてください。
恐らく何か違う発見があるはず!

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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