ある日の数学アナ

第27回 力まずテンポを

2011.09.16更新

9月に入っても残暑が厳しいですが、
いかがお過ごしでしょうか。
今年は台風の被害に遭われた方もたくさんいらっしゃることと思います。
謹んでお見舞い申し上げます。

さてさて。
前回は、どうやって力まない状態を生み出すかというところで
終わっていました。

さらっと「力まない」と一口で言ってもこれがまた実に難しい。
初めて、あるいは慣れていない現場に入るときは過度に力が入ってしまい、
本来の力を出し切れないまま終わってしまう。
本番が終わってから「ああ後悔」なんてことを何度繰り返したことか!

力が入りすぎるというとすぐに思い浮かぶのが、肩凝り。
悩まされている方も多いのでは?
かくいう私もです。

肩凝りは目からくる疲れとか複合要因からなるのだと思うけれど
必要以上に力が入ってしまっているからこそおこるわけで、
そもそも緊張すると人は力が入ってしまうのなんて普通なことなのだ。
これはもう仕方がない。
力まない状態に自分を持っていくことのほうがよっぽど不自然なことだ。
だからこそ、「意識的に」力を抜いていくしかない。

でも力まないための方法は、ちゃんとある。
空手、合気道や柔道など武術をかじったことがある方からすると
なんとなくピンとくる部分があるかもしれない。

精神統一させるとか気を静めるとか、詳しくはよくわかりませんが
色々とありますよね、たぶん。

それで、力まないで話し、なおかつ伝えるための方法ですが、
話す専門家になってみて試行錯誤をしながら少しわかってきたことに、
とにかく大声でわめかないことが重要だということ。

大声を出そうとすると体に力が入るのはご承知の通りですし、
しかもそれが大声を出す=人に伝わる という図式が成立しないとなると
もはやそうする理由はないといっても過言ではありません。

では「大声でわめかず、がならず力を抜いて相手に伝える」
にはどうすればよいのか。
その方法のひとつ、誰にでもできてわりと簡単で心がけやすいという点で
おススメしたいのが、「テンポ」に気をつけるということ。

落語家、噺家、芸人・・・話すプロを思い浮かべれば
すぐにおわかり頂けるでしょう。
芸人さんはひな壇のなかで大きな声を出さないと、
ひょっとして拾ってもらえない可能性があるのでまたちょっと違うかな。

ひたすら同じテンポで話していても人を引きつけることはできない。
同じテンポ、さらにはトーンで淡々と話す人ですぐに思い浮かんだのが、
記者たちから質問を受ける官房長官。

彼らは感情をすぐに出してはいけないという抑制心が働いているので
淡々と同じテンポで何をどう聞かれても声を荒げずというのが基本。
結果、国民にはあまり気持ちが伝ってこないという
残念なことになってしまっている。

とはいえ、彼らの仕事は情報発信が目的であって
感情を伝えるのが目的ではないからある程度までは仕方ないけれど、
今「伝える」ことを一生懸命考えてくださっている皆さんにとっては
特に対極にあるものとして認識して頂くことはできるのではないでしょうか。

個人的にはもう少し心が伝わる官房長官でもよいと思うのですが、
皆さんはどうでしょうか。
話がそれました。

話の途中でテンポを変えるといっても、
「はい、ここでテンポ120からテンポ60にしてっ!」
などとマエストロから指揮されるはずもないので
自分自身がマエストロになるしかない。

自分が指揮者のような意識を持てば俯瞰で自分のことを見られるし、
どうやったらよいハーモニーを持って聴衆に伝えられるかという部分に
思いを至らせることができる。

始めはゆっくり話を進めて、途中で早めに話した方がいいのか、
あるいは逆がよいのか。
その辺りは好みもあるし、それができる=場を掴む力ということなんでしょうね。

ある程度まではセオリーもあって公式のように当てはめていくことは
できるでしょうが、必ずしもそうはいかないだろうことは
容易に想像できます。

・・・そうすると結局は、「心」ということになるのでしょうね。

あー、難しい!

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倉野麻里(くらの・まり)

テレビ東京アナウンサー。理工学部数学科を卒業した後、放送局アナウンサーという一見、数学とは縁のない世界に飛び込む。仕事は十二分に充実しているものの、数学、数字には触れない日々。「モノタリナイカモ…」。離れてみてわかった数学への愛。いや、数学への一方的な愛!!数学への偏愛から見える日常のあれこれを語る。
KYOTO的の人気連載「くらまりの日々是数学」をタイトル改め、本誌で新連載。

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