すみちゃんのめひこ日記

第1回 メヒコという"遠い場所"で暮らすということ

2016.03.19更新

 はじめまして、角智春(すみ・ちはる)と申します。大学3年生です。2年ほど前から、ミシマ社のデッチをしています。
 この3月に「メヒコ」渡航を予定しており、『みんなのミシマガジン』にメヒコ滞在日記を書かせていただくことになりました。メヒコとは、スペイン語でメキシコ(México)のことです。20歳で初めての外国生活を日記にまとめることで、何かに気づいたり、おもしろいことをお伝えしたりできればと思っています。一年間南に暮らして出会うもの、些細だけれど伝えたいこと(たとえば、サボテンはサラダにするとめちゃくちゃ美味しいとか)から、すこし考え込んでしまったような経験まで、色々入った「めひこ日記」です。筆をにぎって、等身大の感性のまま突き進みますので、よろしければお付き合いください。

 3月にメキシコへ渡ったら、現地で約一年間暮らすことになります。
 私は大学でスペイン語とその使用地域のことを勉強してきたので、今回の滞在の目的も説明すれば次のようになります。
「大学で3年間スペイン語を勉強し、スペイン語圏に関心をよせてきた学生が、その語学力のブラッシュアップのため、また、スペイン語圏なかでもさらに特定の一地域のことを今までより多く知るために、メキシコに留学する」。
 まさにその通りの気もしますが、どこか他人事っぽいというか、自分のなかでしっくりきません。
 いま私はいろいろな準備の最中にあります。たとえば、パスポートの更新、ビザの発効、治安の確認、家探し、口座の開設、通貨の両替、生活費の予想・用意、新しい携帯電話の契約、保険への加入、ワクチン接種などです。準備中には、さまざまな疑問が頭に浮かんできます。国境を越えるための手続きはどうしてこんなに面倒なのか、現地でどういう地区に住めば「安全」なのか、電気代はどうやってどのくらい払うのか、風邪をひいたらどうするか、何を食べるのか(何を食べられるのか)、どんな人と会ってどういう話を聞くのか。
 こうなると、上に書いた「留学の目的」がどんどん気配を薄めていくように感じるのです。
 私のじかんの大部分を持って行くのは、ぜんぜん知らない場所で「暮らす」ことです。そしてこれが、滞在目的の大切な一部となっています。
「暮らす」という目的は、説明が難しいです。出国前に意気込んで計画を練っても、現地で生活するうちにコロッと変わってしまうかもしれません。あるいは立派な滞在目標にこだわり続けるせいで、「暮らし」のなかの大切ななにかを一年間見逃すことになるかもしれません。

 私が初めてメキシコに行ったのは、2013年の夏でした。初メヒコは、ひとことで言って、インパクト強すぎでした。現地では、「ものすごい」運転で走っている交通機関に酔ったり、標高2300Mの首都メキシコシティで希薄な酸素のなかサルサを踊りながら飲むテキーラに酔ったり、つねにふらふらだった気がします。ホテルでは、まるで正確に翻訳しないGoogle翻訳のおかげで、従業員と爆笑し合って仲良くはなったけれど、結局シャワーからはお湯が出ませんでした。美容院に行ったら、メキシコ流行(本当なのかは謎)のアレンジによってヒップホッパーのような髪型にされ、「そんなキャラじゃないのに・・・」と赤面しながら観光。日本にもどり、成田空港からの帰り道でスーツケースをひく自分の腕に紫色の小さな斑点がたくさん浮かんでいることに気付き、顔面蒼白で皮膚科に行ったら「原因不明です」と言われ、さらに真っ青になって、ああ、もう私は死ぬんだ・・・くらいにヘコんで内科に行ったら「疲労ですね」との診断を下されました。初メヒコの刺激は、フィジカルに証明されました。
 あの衝撃はなんだったのかを考え直すために、今回の長期滞在を決めたと言っても過言ではありません。

 いいこともそうでないことも、現地に行くと、知らなかったことが少しわかるようになります。料理、人柄、気候、治安、風景・・・もともとのイメージが裏切られることのほうが多いですが、そのイメージに一層生々しく通じてみえるメキシコもありました。
 この2013年の旅は、長年メキシコで取材を続けているジャーナリストの案内によるものでした。現地で約2週間、色々な人と話を続けていると、日本でごくたまにしか見聞きしないメキシコのニュース、たとえば「麻薬」「移民」「スラム」という言葉が、どのようにして、ひとの生活に結びついているのかを考えさせられました。
 一緒にサルサを踊った女性がアメリカに定期的に出稼ぎをしている人だったり、新しい友人が麻薬マフィアと政府の抗争で知り合いを失っていたり、南米から米国への移住を目指す途中でメキシコの一人で残されてしまった子どもと会ったり、そういう実体験を持つことが、すぐに何かの助けになるとは言えません。ひとを説得する手段にもならない可能性が高いです。しかし、報道という形態を取って、わずかな時間だけ「脱獄王のマフィア」の顔写真や「麻薬戦争、○○市長殺害」の文字がテレビ画面に映されたりすることで(そしてそのことによって日本の私たちが、生半可に何かをわかってしまうことで)、ますますメキシコが見えなくなるのではないか、と思う私の感覚も間違いではないでしょう。

 今回の滞在では、最初の数カ月は語学学校に通いながら、メキシコシティの貧困層居住地区にあるNGO「オリン・シウァツィン(Ollín Cihuatzín)」で働きます。カトリック教会の一角を借りて保育園を運営しながら、働く女性、シングルマザー、家庭に問題を抱えた女性たちを支えている団体です。このNGOには、2013年にも訪問したことがあります。メキシコには貧困家庭の子どもを対象としたNGOがたくさんありますが、なかでもこのオリン・シウァツィンの活動は、現実的に設計され、着実に成果を出しているという印象を受けたことから、今年も訪問することにしました。また「貧困層居住地区」というと、日本に帰ってから大学でも考えたい「スラム」というテーマに関わってきます。
 最初の数カ月、と書きましたが、そのあとのことはまったくのノープランです。現地で感じたことをもとに、次の一歩を決めます。
 そもそも、目下の懸案である語学学校の入学手続き日だって、当初の予定よりもう2週間近くズレています。出国前からこんな感じなので、ゆるゆるのプランで構えていないとやっていけない気がするのです・・・。

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角智春(すみ・ちはる)

1995年生まれ。島根県出身。耳の垂れた犬が好き。盆と正月には愛犬のビーグルと出雲大社周辺を散歩する。東京外国語大学でスペイン語を専攻。ゼミでは人類学&現代思想を真面目に勉強し、指導教員に「スミさんには、“自由とは何か”を考えはじめて200年、みたいな趣きがある」と言わしめた。

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