たもんのインドだもん

第1回 ナマステ

2013.04.12更新

第1回たもんのインドだもん


 「インドのどこが好きなんですか」
とよく訊かれる。
 はじめてネパールを家族で旅行したのが9歳。中学校に行くのを止めた13歳のとき、インドと日本を往復して暮らす生き方を選んだ。いくつかの町に移り住み、本の仕事が増え、ここ数年は日本に居る時間の方が長くなってしまったが、なんだかんだで20年以上インドと付き合ってきたことになる。
 だから、いまさらインドの何が好きかという質問は、奥さんのどこが好きなのと面と向かって訊かれているようで照れくさい。好きな理由なんてひとつに絞れないけれど、あえて選ぶとしたら、ぼくは「インド人」が好きなのだと思う。

 日本の本屋には星の数ほどインド旅行記があって、旅人はきまって似たようなことをいう。いわく「インドは好きと嫌いがはっきりわかれる国。もう二度と行くもんかと思う人と、どっぷりはまってしまう人のどちらかだ」
 この台詞は「日本人は勤勉で礼儀正しい」というステレオタイプと同じ匂いがする。インド人はすぐだます、時間にルーズ、屁理屈で自分を正当化する、あるいは貧しくとも心は豊か! とか。

 インドにいって良い思いをした人と、嫌な思いをした人の違いは単純だ。誤解を恐れず言ってしまえば、その人がインドでどんな人に出会い、どう触れたか。それがすべてだと思う。運命や自分探しといったキラキラしたものなんて差し入るすきもなく、この国にはさまざまな人がたくましく生きている。
 たぶん、ぼくは良い出会いに恵まれたのだと思う。嫌な思い出がないといえば嘘になるが、やっぱりどの人も憎めない。それどころか、いまではインド人を見るだけでホッとして、むやみに話しかけたくなる。ふしぎなことに、彼らと話していると、自分のからだの輪郭がくっきりしてくるのを感じる。

 はじめてインドにやってきた旅行者は、はじめ「YES」と「NO」の違いが解らず混乱するそうだ。日本では首を縦に振ると肯定のしぐさになるが、インドでは「YES」といって首を横に振る。言葉で説明するのは難しいけれど、これ、単なる水平の動きじゃない。うなずきのあと、顎を少し斜めにあげて、その反動で首を軸に、ぶらんぶらん頭を揺らす。赤べこの首ふりみたいな感じで、慣れるとたいへん気持ちよく、ついぼくも首を振ってしまう。

 日本でウン、ウンと縦にうなずくと「わたしは理解する/同意する」という意思表示の感じが強いが、インドの赤ベコはもっと大らかで「あなたの言葉を受け入れるよ」という感じがする。飛んできた言葉を抱きとめたあと、背後の大きなものがじんわり吸収してくれる。中には頭だけではなく、からだがゆさゆさ揺れている人もいる。
 「ナマステ」はヒンディー語の挨拶だが、語源をたどると「あなたにわたしを受けわたします」という意味があると聞いた。人と人がはじめて出会ったとき、自分のつまらないこだわりや、ちっぽけな自意識をまず相手に受けわたす。そこから対話がはじまる。

 でも、この話を読んで、インド人はなんて哲学的なふくみを持って生きている人たちだろう! と思ってはいけない。実際はもっとでたらめで、相手の話も聞かず、とにかく俺の話を聞け! という人もたくさんいる。
 待ち合わせ時間にルーズな人も、キッチリな人もいる。昼間から街をフラフラしているオヤジたちも、通勤ラッシュにうんざりしながらコールセンターで働く若者もいる。でも、そんなインド人をまるごと受け入れたい。行き場のなかった中学生のころのぼくを受け入れてくれたのも、彼らだったのだから。

 「多聞さんのインド話を書いてください。タイトルは"たもんのインドだもん"、これできまり!」
と、ヒジョーにざっくりとした企画を自信満々に依頼してくれた三島さん。(ただそのダジャレを言いたかっただけでは・・・? とつっこみたい気持ちをぐっと抑え) まずは、ナマステ、三島さん、という挨拶からはじめます。
 だって、インドだもん。

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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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