たもんのインドだもん

第5回 暑さ寒さもインドまで

2013.08.22更新

第5回


 京都の夏は暑い。からだにまとわりつく湿度、ぎらぎらの太陽。東京が普通のサウナだとしたら、ここはミストサウナだ。酢昆布のようにヨレヨレになっているぼくを見て、ご近所さんが、
「そやし、インドも暑いやろ~」
と笑う。
 「いや、インドのほうが涼しいですよ」と言うと、意外そうな顔。夏を日本で過ごすなら、インドに行った方が断然涼しい。

インドには日本の四季とは異なる、3つの季節がある。
 12~2月ごろの冬期、3~5月ごろの乾期、7~10月ごろの雨期。とにかく大きい国だ。北インドのヒマラヤ山脈周辺でスキーができる冬、南インドではリゾートビーチがハイシーズンを迎える。50度を超す乾期の真っ最中にも、高原の避暑地は涼しい。雨も長雨型からスコール型までさまざまで、地域によって降水量にかなりの差がある。
一番しんどいのは乾期。読んで字の如く、雨が降らず、気温が高くなる。南インドの田舎町に暮らしていたとき、今日はずいぶん暑いなぁと思って、雑貨屋で新聞を立ち読みしたら、天気欄に48度とあってめまいがした。風邪の時と同じで温度を知ると余計に暑くなる。あわてて家にひきこもった。

 でも、室内も十分暑い。
 水道の蛇口からは熱湯がドバドバ出る。汗が流れる暇もなく、塩になる。タオルでぬぐうと、首がざらざら。
 天井の扇風機からはドライヤーのような風しか送られてこない。
 屋上で洗濯物を干し、部屋に帰ろうとすると、はじめに干したほうはもうカラカラに乾いている。
 布を水でジャブジャブに濡らして頭からかぶると、気化熱で少し涼しいが、それも30分しないうちに乾いてしまう。
 窓という窓を分厚い布で覆って、日光と熱風が入らないようにする。日中の熱は部屋に保温され、日が落ちても、床や壁は暖房が入っているみたいにぽかぽか。もはや逃げ場のない乾燥室のようなものだ。

 気温が上がると辛くて酸っぱいものが食べたくなる。酸っぱい青マンゴーに甘辛いスパイスをふりかけてかじりつく。唐辛子を塩とヨーグルトに漬け込んで干し、油で揚げたカードチリもおいしい。
水分補給も大事だが、水ばかりガブガブ飲むと胃酸がうすまり、消化が悪くなるので、スイカやココナッツなど果物もたくさん食べる。自然はうまくできたもので、雨の降らない季節ほどスイカは地中深くから水を吸い上げ、甘く、みずみずしい実をつける。

 当時ぼくが住んでいたのは、窓が大きく、日当たり最高で、風もよく通り抜ける家。日本人の感覚で選んだのが裏目に出た。暑さにうだって、友だちの家に遊びに行ったら、驚くほど涼しい。おもちゃみたいに小さい窓はバッチリ閉じられ、昼間でも明かりがほしいくらい暗い。乾期にはそういう家のほうが涼しく過ごせる。


インドに来た日本の整体師の友人が、
「インド人のからだをいろいろ触ってみたけど、冷え症のひとが多い」
と言っていた。スパイスには身体を冷やす作用のあるものが多いし、住居は石造りの上、素足だ。女性のサリーは腰や腹が外気にふれやすい。身体のなかから熱をとり、外へ逃がす知恵があちこちにあるのだ。
 それでも、40度を超す乾期には、みな生活のスタイルを変える。日の出ている時間帯はできるだけ仕事をしない。町の市場も商店も、夕暮れどき、風がなまぬるくなってから活気がでてくる。

 このくそ暑い日本の猛暑日に、スポ根で部活練習をしている学生や、汗だくのスーツ姿で外回りをしているサラリーマンたちをみると、とても残念な気持ちになる。
35度を超えたら働かなくていいよ、と法律が定めてくれたら、どんなにいいだろう。30度を超えたときは、お昼寝タイムも義務づけてくれるといいなぁ。仕事のピークタイムは午前中と、日没後にシフト。暑い昼間はみんな日の当たらない部屋でごろごろしてすごす。ピークタイムを二分割にすることで省エネになるし、通勤ラッシュも減るかもしれない。

 いま世界中が熱帯化している。クールビズなんて言葉ばかりの表面的なことやっていないで、それくらいしていかないと、ますます日本はアジアの中で取り残されるんじゃないか。

その昔、三蔵法師が経典を得るために西方を目指したように、現代人もまた、インドから涼しさの知恵を学んだらいいのに。
  だって、天竺(インド)だもん。

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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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