たもんのインドだもん

第7回 神様は長い髪がお好き(2)

2013.09.19更新

 ティルパティはあまりにも巨大で、寺というよりもはや街だった。山に囲まれた盆地にいくつものお堂や宿坊、ホテル、食堂が建ち並び、敷地内には無料の巡回バスが走っている。敷地面積は27キロ平方メートル。東京ドーム570個分だ。地図をみても自分がどこにいるのかさっぱり分からない。

 職員さんの先導で大きなホールのような建物の前に連れていかれた。正面入口にはディズニーランドの人気アトラクションばりの長蛇の列。それを横目に裏手へ回ると、坊主、坊主、坊主・・・! 老いも若きも男も女も、坊主頭の人びとが蜘蛛の子を散らしたようにわらわらと裏口からあふれでてくる。
 ここは剃髪場。数百人の床屋が1日十万人を超える巡礼者の頭を剃っているという。
大混雑の人波の中から職員さんが手をひらひらさせて叫んでいる。
 「はやくこっちに!」
 心の準備もままならぬうちに裏口入場。屋内は昔の駅舎のようにガランと広く、ドブのような溝に、床屋のオヤジがずらり並んでいる。
 手元には剃刀がギラリ。羊毛工場さながら、信者たちの頭を次つぎ刈って、髪の毛を溝に落としていく。
 ぼくもその流れに横はいり。上半身裸になって順番を待つ。友人が気を利かせて持参した新品の剃刀を床屋に渡している。
 銭湯のイスのように低い腰かけに座ると、有無もいわさず頭からドビャーと水をかけられ、剃刀があてられる。
 長髪のまま根元から剃刀でゴリゴリ剃る。できるだけ長く髪をとるためだろうが、かなり乱暴で痛い。頭のところどころが切れて血が滲む。感慨に浸る暇もなく、生皮を剥がれるようにあっという間に丸坊主。消毒と血止めのために白檀のペーストが塗りたくられ一丁あがり。
 涙目で腰をあげると、奥から麻袋を持った男がぼくの髪の毛だけをかき集めて持って行く。明らかに他の髪とは別扱いだ。
 あとで聞いた話だが、髪の毛は寺に奉納されたあと、カツラ業者に買い取られ、海外に輸出されるそうだ。インドは世界有数の人毛輸出大国。まさに坊主丸儲け。ぼくの毛はストレートの黒髪で長い。きっと良い値がつくだろう。
 自分の身体の一部だったものが、見知らぬ国の小金持ちの禿頭に乗せられると思うと妙な気持ちだ。

 フラフラの足取りでホテルに戻る。シャワーを浴び、思わず声をあげる。猛烈にしみる。頭をタオルでふくのも一苦労。長年髪にカバーされて過保護になった地肌は超敏感で、ちょっと風にあたっただけで泣きそうなくらいヒリヒリする。
 またもや用意のいい友人が持参のココナッツオイルを頭に塗ってくれる。じんわりコーティングがありがたい。
 毛のない頭は無防備そのもの、生まれたての小鹿のように内股でプルプルしながら身支度をする。

 髪を納め、身は清められた。いよいよ待ちに待ったご本尊の参拝だ。
 寺の中心にある本堂に辿り着くためには、その周りを蚊取り線香のようにぐるぐると張り巡らされた順路を行く他ない。恐らく数Km分はあるんじゃないか。
 無骨な鉄製の柵に囲まれた路は、右に左に折り曲がり、まるで迷路。
 職員さんがところどころでショートカットのゲートをあけてくれるが、基本的には他の巡礼者と同じ道を歩く。

 「ヴェンカテラマナー、ゴービンダ!」
 巡礼者たちは神さまの別名をシュプレヒコールのように叫びながら、ゆっくりゆっくりと進む。
 にわか巡礼者のぼくもテンションがあがり、声を合わせる。
 順路の曲がり角には、小さいハンモックのような布袋がぶら下がっている。中をのぞくとルピー札がいっぱい。500ルピーなど高額紙幣も見える。並んでいる間に気持ちが高ぶっても、すぐお賽銭が投げられる安心のシステムだ。
 袋ごとにお賽銭を入れていったらどんなに札があっても足りないのでは、と思っていたら、いいタイミングでATMが登場。もちろん、その前にも長い列ができている。各主要銀行カード、世界通貨VISAでのキャッシングもOK。
 お布施の金額が、バチカンに次いで世界二位というのもあながち大袈裟な話ではないかもしれない。

 叫びながら、行列から行列へ渡り歩くうち、方向感覚がおかしくなってくる。空はほんのり暗くなっているが何時なのかは分からない。
 だが、果てしないと見えた順路は唐突に終わりを迎えた。
 目の前に純金の塊で装飾された超豪華な本堂がドーン。にわかに行列の足並みが早まる。
 「神様の前で立ち止まることは許されないが、特別に2秒ならば立ち止まり祈ってよろしい」
と職員さんが直前に忠告してくれる。
 薄暗いお堂のなか、黒い石に金とダイヤモンドの装飾で飾り奉られたバラジ像は理屈抜きに美しかった。
絵や写真で見慣れていたものとはまったく違う。黒い石像はなめらかで、まるで生きているようだ。
 吸いこまれるように見とれていると、早く進めと後ろから警備員がこづく。職員さんもホレホレと手招きしている。もう何が何だか分からないが、とにかく赤ん坊の安産健康を祈り合掌。待ち続けた長い時間が嘘のような、あっという間の参拝だった。

 押し合いへし合い本堂を出ると日はとっぷりと暮れていた。祈りの声とお香の煙が、生暖かい風にのって飛んでくる。長い夢から覚めたあとのように身体がぼんやりしている。
 夢でないことを確かめるように頭をさわる。頭皮に触れた手のひらは驚くほど熱く、自分の手ではないようだった。手が触っている頭もまた自分のものでないような気がした。ぼくという命に外から触れる、そんな感じだった。

 「あんな見事な髪をもったいない!」
 坊主姿のぼくを見て、友人たちはため息をついて悔しがった。まるで貧しさのために御髪を売った乙女のような扱いで、みんなかつての長髪の素晴らしさを説いた。
 しかし、ぼくが「全部、ティルパティに捧げたんだ」というと、誰もが納得し、口をつぐんだ。

 以来、ぼくは自分のヘアスタイルについて尋ねられたら、この話をすることにしている。
ヒンドゥー教徒ならば、髪を奉納したことに感心し、こいつは普通のジャパニとは違うようだ、と見る目が変わる。まるで水戸黄門の印籠みたい。
 真面目な信者ではないので、ちょっと不遜な気もするが、ティルパティの神様ならば、そんなのたいしたことじゃない、と大らかに笑ってくれることだろう。

 兄の娘は無事生まれ、健康にすくすく育った。ぼくも装丁の仕事がぐっと増えた。それが御利益かどうかは、もはやどうでもいいことである。
 困ったときの神頼みでけっこう。御利益、御都合主義と言われてもかまわない。ぼくなら胸を張ってすがりつく。
 だって、インドだもん。

となりのインド人

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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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