たもんのインドだもん

第9回 悩ましきお土産

2013.11.07更新

 インドに行くとき、いつもお土産選びは悩みの種だ。

 日本を出る前のバタバタしている時に、友だちリストをにぎりしめ、100円ショップやスーパー、無印良品、和小物の店をハシゴする。それでも買い漏らして空港で買い足すこともある。
 お土産なんてなんでもいいんだけど、「この人にはこんなのがいいかな~」と想像する時間が、しばらくぶりの友人たちとの距離を縮めてくれる気がして、出国前の通過儀礼のように続けている。

 お土産のセレクトは都市か田舎か、金持ちか中産家庭か、相手の生活環境によって微妙に変わる。インド人的視点も必要で、和風な置物や季節感のある小物などいかにも日本みたいな品は、一部の親日家をのぞいてあまり喜ばれない。
 ワビサビ的なお土産よりも、日本ならではのアイデア商品や、何気ない日用品の方がいいリアクションが返ってくる。

 80~90年代、インド旅行者のお土産の定番と言えば、ボールペンと100円ライターだった。どちらも日本製。インド産のペンはすぐインクが目詰まりするし、ライターも値段が高い割によく壊れた。空の使い捨てライターに無理矢理ガスを補充して路上で売る輩もいた。
 だが、いまは質のいいペンも安く手に入るようになったし、ライターも目新しいものではなくなった。
 それでも、日本の文房具には注目すべき製品がたくさんある。
 書いても消せるフリクションペン、針なしホチキス、マスキングテープ、かわいい付箋やクリップ......。
 特にフリクションペンはインドの文具店でも見かけるようになってきているけれど、まだまだテッパンのお土産だと思う。インドではノートや宿題に鉛筆ではなくボールペンを使うことが多いので、子どもや学生にはウケがいい。「これは手紙を書くときや、SUDOKU(数独)を解くときにいいね」と年配層も喜んでくれる。

 ペットボトル用スポンジも意外に好評だ。
 枝豆や小魚の形をしたスポンジの中に、セラミックボールが入っていて、空ボトルにスポンジと水を入れてシャカシャカ振るだけで、ボトルの中がピカピカになるというもの。
イ ンドの一般家庭では、水を一旦沸かし、ボトルにうつしかえて飲む。ところが多くの土地では水に石灰質が多く、乾燥するとボトルが白くなってしまう。きれいに洗うのは難しい。
 そこでこのスポンジ登場。デパートの実演販売よろしく台所で洗い方を見せると歓声があがる。 料理好きのお母さんに切れ味のよい日本包丁をあげたこともあったが、スポンジの方が愛用してもらえたようだ。

 スーパーで買えるお菓子のなかでは、さくま「いちごみるく」が人気。タブーにひっかかりそうな原材料が入っていないので、ヒンドゥーの菜食主義者、イスラム教徒にもOK。インド菓子は八割がた乳製品をつかったものだからミルク系甘味はお馴染みの味。サクサク食感、中の甘酸っぱいイチゴの二段階。飽きがこなくい。田舎の村に行ったときや親族が多い家に招かれるときのためにも、一袋買っておくと安心。

 あとは人それぞれ。
 バイク好きの若者には、「走り屋」と書いてある漢字ステッカーをあげる。「Crazy Driverって意味だよ」と教えると必ず愛車に貼ってくれる。
 金持ちのマダムには鳩居堂の折鶴ピアス。繊細で手作り感があり、和風で煌びやか。1400円也。アクセサリー大国のインドでもまず手に入らない品だ。

 上流家庭では価値観が一回転していたりして面食らう。某外資系企業ドクターのご主人に
「日本から買ってきて欲しいものある?」
と訊いたら、
「畳が欲しい。畳をひいて地べたに座れるリビングを作りたいんだ」
と言われた。
 さすがに畳は運べないけど、彼には草鞋を贈ったら喜ぶんじゃないかしら。

 失敗した! というお土産は星の数ほどあるが、ひとつだけどうしても忘れられない出来事がある。
 家族ぐるみでお世話になっているファミリーの男性陣に足袋型靴下をプレゼントした時のこと。
 渋い和柄からポップな色合いまでデザインも幅広く、指が分かれている靴下は素足暮らしのインド人にも心地よいだろうと想像できた。
 ところが、靴下を家長のお父さんに渡してから、足元を見て、ぼくはアッと固まってしまった。
 インドではけっこう多いことなのだが、彼は生まれながら手足の指の数がぼくらとは違っていた。はじめて出会った時はぎょっとしたが、あまりにも自然に暮らしているので、いまでは気にもとめなくなっていた。
 二股に分かれた足袋型靴下は履けそうにない。ぼくは青ざめて彼の息子に詫びた。
「ぼくは考えもなしにあんな靴下をあげてしまった。気を悪くしたり、怒ったりしないだろうか」
 息子は少し考えたあと、笑ってぼくの肩を叩いた。
「うん。きっと履けないだろうね。でも、ぼくの父さんはクールなオヤジさ。そんなささいなことで気を悪くしたり怒ったりなんてしないよ。君が日本からわざわざ持ってきてくれたお土産じゃないか。それだけで嬉しいよ」
 ぼくは思わず泣きそうになった。

 ささいなものでも場違いなものでも、最後はみな笑って喜んでくれる。手で渡せるお土産なんて挨拶みたいなもの。ほんとうのお土産はぼくらそのもので、彼らそのものなのかもしれない。
 だって、インドだもん。

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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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