たもんのインドだもん

第10回 メイド・イン・インディア!

2013.12.12更新


 バンガロール市内の閑静な住宅街バサントナガルの一角。
 軒先で子どもが遊んでいる普通の住宅の門をあけ、ガレージを抜けて、アミダクジのような外階段をのぼりきった先の屋上に目ざす場所はある。ペントハウスといえば聞こえはいいが、レンガとトタン板で作ったプレハブ小屋。扉は開け放たれているが看板も出ていない。
 なかに入るとシンナーとインクの匂いが鼻をさす。簡素な六畳二間。ナマスカーラ、と若い職人たちに挨拶をし、奥の事務所に入る。
「やあ!タモン!」
 デスクで電話を耳に挟んだまま、マネージャーが笑顔で迎えてくれる。
 シルクスクリーンの印刷会社キールティ・プリント。これまでここに何度足を運んだことか。

 日本では考えられないほど、インドではスクリーン印刷が安い。人件費が低く、オフセット印刷のように巨額の初期投資も必要ない。一枚ずつ職人が手で刷るから、大部数には向かないが、ハンドメイドな味わいがある。名刺やレターヘッド、結婚式の案内状など、この国にはスクリーン印刷の活躍の場がまだまだ残されている。
 印刷所といっても室内には機械らしいものはひとつも見あたらない。
 木枠に貼られたスクリーンを、蝶番つきの万力で作業台に固定する。
 マスキングテープ代わりのガムテープは歯で噛みちぎる。紙厚の調整はボール紙を小さく折りたたみ、台とスクリーンの間にギャップをつくる。
 インクの混ぜ具合は目分量。
 ラジオから流れる映画音楽を背に、もくもくとスキージーを動かす。
 刷り上がった紙をとって段ボールの乾燥台の並べるのは下っ端の役目。手から手へ。流れるような作業が美しい。

 彼らと仕事をするようになったのは10年ほど前のこと。
 最初は名刺を数百枚作ってもらった。その出来映えがあまりにも素晴らしかったので、自分の絵のポストカードも注文した。
 だが、1日ほどで出来上がる名刺と違い、ポストカードの印刷は一筋縄ではいかなかった。
 スクリーンを太陽光で感光させるから曇りだと作業がストップする。
 雨が降れば乾燥が遅くなり1日の生産量はぐっと減る。出来あがりの時間が読めず、何度も印刷所に足を運んでせっつかないと、なかなか前に進まない。
 待ちに待った納品日。必要部数より100部余計に発注すれば、刷り損じが出ても大丈夫だろうと高をくくっていたが、完成品を手にして愕然とした。
 細密な線はことごとく潰れ、うまく刷れたものも手垢やインク汚れがついている。紙の断裁もサイズがまちまちで、ななめに曲がってカットされているものもある。
「これじゃ品物にならないよ!」
 山のような刷り損じを抱え、印刷所に文句を言いにいったが、マネージャーも職人もきょとんとしている。何がダメなのかわからないのだ。
 絵の中のどの部分が潰れているのか、版下をみせながらひとつひとつ説明する。
 ポストカードを碁盤の目に並べ、定規片手に紙のカットがどう曲がっているのか見比べる。
 手垢やインク汚れは、汚れのパターン別に並び替え、どうすれば汚れをつけないで印刷できるのか一緒に考える。
 なぜ印刷面に時々油染みがついているのか不思議だったが、よくよく作業を見ていたら、なんてことはない、刷りあがった紙を乾燥棚に並べる人が、仕事の合間に油で揚げたスナック菓子を食べていたのだ。
 作業の前後にはこまめに手を洗い、手にインクがついたらすぐ落とす。たったそれだけのことを徹底すれば、汚れによる刷り損じはほとんどなくなる。
 彼らは口にこそ出さなかったが「日本人ってなんて神経質なんだろう」と思ったに違いない。
 子どもの頃から、まっすぐで清潔な空間で暮らしてきている日本人と、でこぼこで埃っぽい空間で暮らしてきたインド人では、きれい/汚い、まっすぐ/曲がっているという感覚がまるで違う。
 新刊の本に折り目や汚れがついていたり、CDのケースが割れていたりプリントが曲がっているなんてこともざらだ。
 ぼくらが曲がっていると感じるものも、彼らの目にはまっすぐ平らに映る。
「これはここがおかしいよね?」
「うーん、そう?」
 こんなやりとりを何度も繰り返し、おたがいの感覚の折衷を探る。手づくりの味わいと見るか、雑な仕事と見るか、やっているうちにぼくも判断がつかなくなってくる。

 ある頃から、ぼくはポストカードに彼らの会社の名前と、Made in Indiaという文字を並べて刷るようにした。
「Made in Indiaか!」
 職人は自分たちの小さな印刷所で作られるポストカードに、母国の名前が刷られるということにたいそう驚いた。
「このポストカードは誰が刷ったかわからないような名刺やチラシの類とは違う。あなたたちの会社、あなたたちの国で刷られていることが掲げられている。そのことに誇りと責任をもってほしい。インドの名前が入っているものを粗末に扱えないでしょう?」
 それ以来、職人たちの仕事ぶりがガラッと変わった。
 機械のように作業をこなしていた彼らが、打てば響く人間らしい何かを取り戻したようにも見えた。

 今年の秋。ひさびさのインド滞在中に、新しいポストカードとイベントの案内状を刷った。
 馴染みの職人が辞めてしまったので、新しい職人にまた1から教えなくちゃならない。  
 10年前のドタバタの日々を思い出したが、大丈夫、きっとうまくいく、その確信がぼくにはあった。
 日本帰国の前日。いつものように納品予定日から遅れに遅れて、案内状が届いた。手間も技術もいる5色刷り。見事な仕上がり。惚れ惚れした。ところが、紙の角に見覚えのない細い線が見える。どうやら紙のカットがずれて、トンボ(紙を切るためのマーク)が飛び出てしまったようだ。
 刷り直したいが、もはやタイムアップ! 悔しいが仕方ない、次回の宿題にしよう。
 すべてが思い通りうまくいくなんて、そうそうない。
 それもまた楽しみだと思うことにしよう。
 だって、インドだもん。


多聞さんより、特製ポストカードをプレゼント!

今年一年、ぼくの拙い文章につき合っていただきありがとうございます。
「みんなのミシマガジン」サポーターのみなさまに感謝の気持ちをこめて、抽選で3名様に、今回もインドでつくってきたスクリーン印刷のポストカードセットをプレゼントします。
 応募方法は、12月号の紙版「みんなのミシマガジン」にて掲載予定です!
 まだサポーターじゃない方もぜひこの機会にエントリーしてみてください。
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「たもんのインドだもん」ともども、「みんなのミシマガジン」を来年もどうぞよろしくおねがいいたします。


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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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