たもんのインドだもん

第11回 折り紙で一獲千金?

2014.01.15更新

 ある日、インド人のマダムからランチに誘われた。
 彼女は若い頃、日本に短期留学したことがあり、日本語はほとんど喋れないが、日本文化に興味津々で、会話のなかにZENやKUROSAWAなんてワードもまじる親日家だ。
千代紙が好きで、インドの文具店で日本風の紙を見つけると値段も見ずに買い漁ってしまうという。
 一緒にランチに招待されていた友人(その後ぼくの妻となる)は、NGOで子ども向けの折り紙ワークショップをやっていたので、おのずと折り紙の話で盛り上がった。
 近年、インドでは公立小学校でも折り紙を授業に組みこむようになった。数学的感覚と手先の器用さを磨く日本のOrigamiは子どもの情操教育にもよいと、瞬く間に広まった。
 各都市に折り紙協会ができ、大会ではガネーシャやタージマハル、蓮の花などインドならではの新作折り紙も数多く発表される。3DCADで展開図を書いて複雑な図形をつくる理系折り紙研究家もいるという。
 「折り紙には可能性があるのよ!」
 普段は控えめなマダムの声が、折り紙の話になると、どんどん大きくなっていった。
折り紙が、そんなに人びとを熱くさせているのか・・・にわかに信じがたかった。

 それから数日後。マダムから電話がかかってきた。
 「折り紙ワークショップを手伝ってほしいの」
 バンガロール生け花協会の主催で、生け花と折り紙についてレクチャーするという。
 ぼくらには展示用に折り紙で素敵なランプシェードを作ってほしいらしい。ついでにレクチャー後、子ども向け折り紙ワークショップもやることになった。
 「ランプシェードなんて作ったことないよ!」
と断ったが、マダムは
 「大丈夫。私の家に折り紙の本があるから、それを見て作ればいいじゃない」
と言う。
 そこまで用意があるなら自分で折ればいいんじゃない? とも思ったが、日本人代表として腕が試されているような気もして、参考書を片手に何日もかけ、二人で四苦八苦してランプシェードを折った。
 トレーシングペーパーを山折り谷折り、幾何学的な立体蛇腹をつくって、テトラポットのように組み合せ、光源をいれる。紙とは思えぬ、すばらしい出来映え。

 当日、シェードが壊れないよう厳重に袋に入れ、会場の日本食料理店へ。インド人の利用客も多い人気の店だ。
 黒御影石のバーカウンターに、折り紙ランプをおいてみるとなかなかきまっている。
 マダムは「あなたたちにお願いして本当によかったわ!」と大喜び。
 店内には「折り紙と生け花のコラボレーション」と称するキテレツなフラワーアレンジメント群が並んでいた。協会員の作らしいが、花々の合間にクリスマスパーティーのような金銀のモールや、ラメラメのちょうちょ、ピカピカのお星さんが、ゴテゴテとつきささっている。折り紙でつくられた仮面もところせましと飾られ、縁日の夜店みたい。ワビサビとは対極の世界だ。

 こんな集まりに人なんか来るのかな・・・と心配していたが、開始時間をすぎると、来るわ来るわ、高価なサリーに身を包んだ有閑マダムたちで店内はギュウギュウになった。
 レクチャーがはじまると、初老の折り紙研究家が語る折り紙論に、みんなじっと耳を傾けている。インドでは複雑で数学的な仕組みの折り紙が人気のようで、研究家が仮面の折り紙を解説するたび、会場には感嘆のため息が響く。

 一通りレクチャーがおわり、協会長らしき人が呼びかける。
 「このような素晴らしい芸術のために皆さんからの寄付を・・・」
 満場の拍手ののち、寄付受付のテーブルに列ができる。財布から高額紙幣を取り出し待つ人、数千ルピーの小切手を切っている人もいる。デパートのバーゲンセールさながら、
 「並んでください!」
と係の人が声をはりあげる。
 あえて参加費をとらなかったのはこのためか。
 「芸術への寄付」というフレーズはマダムたちの見栄と自尊心を煽るにはうってつけなのだろう。次々積み上げられる札の山を目の前に、ぼくもマダムと同じ台詞を言っていた。
 「折り紙には可能性がある!」

 折り紙ワークショップがうまくいけば、楽に大儲けできるんじゃないか。マダムを集めて教室を開くもよし、エリート学生にマンツーマンで出稽古なんてのもありだぞ...。とらぬ狸の皮算用。ぼくは妄想を膨らませた。

 ところが、イベントが無事終わり、後片付けをしていると、苦労して作った折り紙ランプシェードが影も形もなくなっている。展示していた仮面も何点かないという。
 お金持ちしかこなかったのに、一体誰が盗んだんだろう? ぼくがぼやくと、マダムが言った。
 「インドの金持ちはいつもこう。自分のものは自分のもの、人のものも自分のもの、という感覚の人が多いのよねぇ」
 マダムいわく、金持ちの友だちを自宅に招いたら、棚においてあったアクセサリーがひとつ無くなった。次に会ったら、その友だちがしれっと首につけていた・・・なんてこともあったそうだ。彼女らは盗んだ自覚も、悪びれる様子もまったくないのだという。
 「いつも物があふれ、与えられてきた人生だから、しょうがないのかしらねぇ・・・」
と笑うマダムに、ぼくは開いた口がふさがらなかった。
 インドの大金持ちは想像を絶する。生まれてから死ぬまで一度も働かなくても暮らしていける人たちもいる。やってあたりまえ、もらってあたりまえという人たちがいてもおかしくない。
 インドの有閑マダム相手の商売はオイシイようでいて、とんでもない落とし穴があるかもしれない。折り紙ビジネスは妄想に留めておくことにしよう。

 だって、インドだもん。

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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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