たもんのインドだもん

第12回 ものすごく親しくて、ありえないほど近い

2014.02.13更新

 インドの街を歩いていると、ときどきギョッとする光景を目にする。
 立派なひげをたくわえた恰幅のいいオジサン同士が、手をつないで歩いているのだ。
 男女関係に保守的すぎる反動で、インドにはゲイがいっぱいいる、という噂を聞いていたので、やっぱり......と思ったら、どうもそういうわけではないようだ。
 手をつないで歩いている人たちは、男×男のほかに、女×女の組み合わせもある。友だちに尋ねると、性的な関係があるわけではなく、普通に友情のあらわれだという。
 さすがに無理! と思っていたが、インド生活をつづけるうちに、ぼくも自然に男友だちと肩を組み、手をつないで歩けるようになった。そういうもんだ、と慣れてしまえばなんてことない。
 オートリクシャーに乗っていて目に埃が入ったとき。となりに座っていた友だちが無言のまま、両手でぐっとぼくのまぶたをおさえ、顔を急接近させてきた。ナニコレ!? と固まってると、鼻先2センチぐらいのところから、唇をとがらせぼくの目玉をフーフーと吹いている。これにはびびった。
 息で目のゴミがとれた試しはなかったが、同じような光景は映画のシーン(やはり男同士)でよくみかける。こちらも仕草としては特別な意味はないようだ。

 公的な場所では、異性との距離は常に保たれている。お寺によっては男女別の入口や行列があるし、バスや電車の女性専用席もずいぶん昔から当たり前のシステムだ。
 だが、ひとたび同性となれば遠慮はない。バスや電車の席にちょっとでも隙間があれば、入りこんでくる人がいる。まるで何十年来の幼なじみのような顔で、すっと入ってきて、ペタッと横にもたれかかる。なんとも絶妙だ。
 一度気を許したら、あとはズブズブ。ちょっと詰めてよ・・・と少しずつ押され、10センチほどの間が1人分の席となり、気がつけばその隣にも人がしれっと座ってる。1人席に2人、2人席に5人はいける。

 いまだに田舎では、人がたくさん乗れる車が重宝されて、5人乗りのワンボックスから20人を超える人がドバドバ降りてくる。乗り合いバスでは、お客の膝に他の人を乗せ、折り重なるようになって、超密着状態のまま輸送される。
 東京の満員電車に迫る人口密度だが、不思議と日本のような息苦しさはない。
 できるだけ他の客とかかわらず、別のことを考え、目も合わせずにいる満員電車とはだいぶ違う。もちろん外国人への好奇の目もあるが、みな妙に親しく話しかけてきて、何かしらかかわりあいをもとうとする。

 「パーソナルスペース」という言葉がある。他人に近づかれると不快に感じる空間のことだ。嫌悪感の半径といってもいい。その範囲は親密な相手といるときは狭く、嫌な相手が近づくと広くなる。親しい友だちとは肩を並べられるが、嫌いな人とは同じ部屋にもいたくない。

 でもつい最近まで、ぼくはこの言葉の意味を真逆に取り違えていて、「パーソナルスペース」は、自分が楽でいられる半径のことだと思いこんでいた。いわば愉快の半径。
 満員電車の中など居心地が悪いときはギュッと狭いけど、友人の家や居心地のいい店ではぐんと広くなる。気が大きくなる/小さくなるという日本語にも似た感覚。
 それでいくと、インド人のパーソナルスペースはかぎりなく広く、通りの向こう側を歩いている見知らぬ人とも、すぐにでも話しはじめられそうだ。

 人はそれぞれ大小の円をもっていて、他人と近づくと円が重なる部分が生まれる。そこではじめて他人同士が触れたり、話したり、つくったりできる。
 どんなに理想やシステムがあっても、集まった人の円が小さく、重なる部分がないと何も生まれない。「パブリック」って、誰かが用意するものじゃなくて、そういう重なり合いの空間のことじゃないかしら。

 インド人の家に招かれると、挨拶もそこそこに家の中を案内してくれることが多い。ここが寝室だよ、ここがお風呂、お祈りの部屋・・・と隠さず見せる。年ごろの娘さんの自室もおかまいなし。バーンとドアをあけられて、こっちが戸惑うくらいだ。
 一通り部屋を見終わったあとにリビングに戻り、一緒にお茶を飲む。
 はじめは単なる家の自慢だと思ったが、さにあらず。このお宅拝見タイムがあると、無意識に自分の半径が広がって、その家の居心地がよくなる。
 なにせ、はじめて来た家なのに、台所にどんな鍋が並び、娘さんがいま何しているのかまでわかってしまうのだ。自然と気持ちがゆるみ、リラックスして楽しい時間がすごせる。
 このなめらかさは、電車の席の隙間にスルリとはいりこんでくる、あの絶妙な間とも似ている。

 ぼくは「空気を読めない」という言葉が嫌いだ。空気を読めない、と誰かを批判する人ほど、愉快の半径が狭く、余裕がないように見える。
 インド人の距離の近さの前には、空気を読むも読まれるもない。ちゃんとお互いの身体の輪郭がわかれば、多少唐突な入り口であっても、ふしぎとリラックスして話ができる。
なれなれしくて疲れることもあるけれど、これでいいのだ、と思わせるいきおいがある。ときには相手のパーソナルスペースをこじ開け、空気をガラッと変えてしまう。

 ただ、この近すぎる間合いのせいで起きる面倒事もある。
「ピンポーン」
 休日の朝から誰だよ、と玄関から顔だけ出すと近所の人が、わが家を見せてほしい、という。
 えっ? いまから? あまりの唐突な訪問にポカンとするが、相手はまったく気にしていないようだ。
 仕方なく寝ぼけ眼で、
「こちらが寝室で、あっちが台所で・・・」
と案内するぼく。部屋をひととおりまわり終え、一体なんなんだろう、と思いながら、リビングで一緒にお茶を飲む。うーん。どうやらほかに用事らしい用事はないようだ。
 まあ、こういうこともありますよ。
 だって、インドだもん。

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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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