たもんのインドだもん

第16回 酒が飲めるぞ

2014.07.18更新

インドだもん


 夜の州境チェックポイント。
 通る車を一台ずつ止め、ライフル銃を持った警察官が検問する。
 トランクが開けられ、後部座席に懐中電灯がギラッと照らされる。
 ぼくらはなかば狸寝入り。
「申告するものはあるか?」
「サー、とくにありません」
 警官とタクシー運転手のやりとりが聞こえる。
 ぼくの座席の足下には瓶ビールが数本。隣州の酒屋で買ってきたものだ。
 当時は州をまたいでのアルコール類の持ち込みは禁止されていた。
 見つかったらやっかいなことになる。音をたてないように、じっと息をひそめる。
「うむ。いってよし」
 警官が合図をだすと、こん棒の遮断機があげられ、車が進む。無事越境だ。

 ほっとして家につき、冷蔵庫でビールとグラスをよく冷やす。
 いざ乾杯という段になって、肝心の栓抜きがないことに気がつく。
 テンションはMax。もう後には引き返せない。
 無理矢理マイナスドライバーで栓をこじ開けると、瓶の口が砕けてしまう。ガラスの破片が中に入らないように気をつけながら、ビールをグラスに注ぎ乾杯。
 暗い室内でちびちび楽しむ。ご禁制の品をこっそり楽しんでいるのだと思うと、インドのビール、キングフィッシャーがいつもよりずっと美味い。


 そんな苦労を重ねて酒を飲んでいたのは昔の話。
 いまやバンガロールの街中には誰もが自由に酒を買える酒屋やバーがたくさんある。
 そもそもインドでBAR(インドふうにバールと発音したい)というと、日本の居酒屋のようにおおっぴらに飲み食いできる場所ではなかった。

 まず入口に、鉄格子にかこまれた酒屋があり、汗臭い荒くれ男たちがたむろしている。血走った目のじいさんが、鉄格子の間からシワシワのルピー札をねじこんで、ガラガラ喉を鳴らしながら酒を注文する。
 入口で立ち飲みする男たちは酒ならもう何でもいいという風情で、一番安いインド製ウイスキーの小瓶をラッパ飲み。あとはデカい水さしを持ち上げ、口をひらき、ぬるい水をダクダク胃に流しこむ。けして酒に強いわけではない。安く手っ取り早く酔いたいだけだ。

 酒屋の奥には羊小屋のように低い塀で区分けされた部屋がある。照明は暗く、顔なじみが来ていてもまず気づかない。
 つまみはナッツや生タマネギなど簡素なもの。
 おやじたちがふし目がちにウイスキーのソーダ割やラムコークを黙々と飲んでいる。


 しかし、世界2位(!)の売り上げを誇るビール企業UB社や、インドを代表するラム酒オールドモンクの工場があることでも有名なバンガロールには、植民地時代からつづくエレガントなバーや会員制クラブ(女性がつくような店ではない)があり、最近は若者たちでにぎわうテラス形式のカフェバーなど、さまざまな店が存在する。
 昼間からキンキンに冷えたビールをピッチャーで飲める店もあるし、一見食堂ふうながらラギームンデ(雑穀を練ったそばがきのような郷土料理)とマトンの挽き肉カレーをつまみにラム酒を楽しめる粋な店もある。
 他州の人に比べて押しが弱く、シャイな性格の人が多いといわれるカンナダ人も、酒を飲めば少しずつうち解けてくる。男はだまってキングフィッシャービール、という気風がバンガローリアンの酒飲みにはあるようだ。

 インド人が好んで口にするのはビール、ウイスキー、ラムなど。ウイスキーもロックではなく、ソーダかコーラかペプシで割る。
 ウォッカ、テキーラなどは新参者ではあるが、若者を中心によく飲まれるようになった。
 ベジタリアンであっても酒を楽しむ層がいて、玉ねぎも食べない敬虔な菜食家庭に育ったお嬢さんが、
「じゃあ、わたしはテキーラ。ライムもつけてよ」
 なんて慣れた感じでオーダーしている姿を見ると、おお、さすがバンガロール娘! と胸踊る。

 一昔前までは酔える酒じゃないと鼻で笑われていたワインも、近頃は女性の間で市民権を得てきていて、健康にもいいのよ、と食前に赤ワインを召し上がるマダムも少なくない。
 国内の高地でとれたブドウでワインをつくるメーカーも増え、国外への輸出も積極的だ。


 しかし、依然として酒の飲み方がひどいインド人も多い。
 神社でも酒が飲める日本や、子どもの頃からウォッカを飲むロシアなどの飲酒文化とはそもそも比べようもないが、酒に弱いくせにバカスカ飲んでは騒ぎ、周りに絡みだしたり、失態をしでかしたりする大人の男たちを何人見てきたことか。

 だが、ケーララ州の友人の家にホームステイしたときは、とてもハッピーな酒を飲めた。
 ケーララや西カルナータカなど、南インドのアラビア海沿岸部は見渡すかぎりの椰子林。料理にもココナッツをよく使う。土地の酒トディも椰子から作られる。
 ぼくもその酒を飲んでみたい! と友だちに告げると、
「よし、明日の朝買いにいこう」
 という話になった。
 ん? 朝から買いにいかなきゃならないほど店が遠いの? と首をかしげたが、そうではなかった。
 トディは、夜、シュロやナツメヤシの茎や花を傷つけ、そこから滴り落ちた果汁を壺にためる。一晩かけて、ゆっくり壺にたまった汁は空気中の酵母とともに自然発酵し、酒になる。つまり一番おいしいトディは朝できあがるのだ。

 翌朝、友だちのバイクに2人乗りして近所のトディ屋にいくと、おやじたちがポリタンク片手に列をなしていた。こんな朝から、なんてダメな大人たちだろう!
 同じくダメダメなぼくらも、持参した空のペットボトルに数本分のトディをつめてもらい、ホクホク顔で家に戻る。

 友だちと2人、庭のハンモックでくつろぎ、トディで乾杯。白濁しているが透明感もあり、細かい泡つぶがプチプチとグラスの表面に昇っていく。香りはよく熟れたココナッツジュースのようで、ほんのり甘く飲みやすい。アルコール度数も低く、日本のどぶろくに近い感じ。
 朝の庭に集まる鳥たちの声が肴。風も涼しく心地いい。いくらでも飲めそうだ。
 トディは時間とともに発酵が進み、昼すぎには酸っぱくて飲めなくなってしまうから、全部飲まなきゃもったいないよ、と友だちが言う。
 彼も大の酒好き。お互いのグラスに水のようにドバドバついでは、2人で黙々と飲む。たらふく飲んでハンモックでうたた寝。なんたる幸せな時間!


 こんなふうに書くとインド人は毎日飲んで暮らしているようにも見えるが、それは一部の人たち。まだまだ社会的には酒と煙草は悪だ。近頃の映画館ではスクリーンに酒がチラッと映っただけで、「飲酒はあなたの健康を害します」と左下にテロップが出る。

 インドの酒屋では酒を買うと、ちゃんと黒いビニール袋にいれてくれる。まわり近所の目があるからだ。
 ぼくも日本に帰ってきたというのに、かつての習慣が抜けない。
 スーパーで酒を買うとき、近所のインド人や、イスラム圏の南アジア人にばったり出くわしてしまわないか、ドキドキする。缶ビールは買い物かごの一番下にそっと置き、上に野菜などをのせてカモフラージュ。会計が済んだら、あたりを見回し、不透明のエコバックにさっと入れる。
 日本に長く暮らしているインド人はもうそんなこと気にしない、と頭ではわかっているつもりなのに、からだはソワソワしてしまう。習慣とはオソロシイ。

 だって、インドだもん。

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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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