たもんのインドだもん

第19回 まっ白いスパイス

2014.11.04更新


 観光名所でいい思い出がない。
 遺跡史跡、聖地、リゾート......ガイドブックでオススメされるような町には、観光客から1パイサでも金をふんだくろうと、目をギラつかせた連中が待ちかまえているものだ。その知名度が高ければ高いほど、人とのぶつかり合いも増える。
 「それがインドらしい」「旅の醍醐味ですよ!」と目を輝かせる旅行者にもよく会うが、ぼくは時間とお金を使って、あえて疲れそうな場所を選ぶ気にはなれない。
 だから、インド国内の旅というと、友だちが暮らしていて、観光客の少ない町ばかりに足が向く。これまでぼくが訪れた町だけでインド地図を作ったら、ずいぶんいびつなものになるだろう。

 かつて南インドのハンピを訪れたことがある。
 この町には、数百年前の建造物がごろごろ残っていて、世界遺産に指定された寺院もある。素朴な田園に神秘的な遺跡群。いかにも外国人が喜びそうな風景が広がっている。すこし辺鄙なところにもかかわらず観光客に人気が高い。
 国内外の映画にもよく登場する場所で、ぼくが訪れたときもちょうどジャッキー・チェンが大所帯の撮影チームを引き連れ、遺跡でロケをしていた。
 「よう、チーノ! ジャッキーの友だちかい?」
 「うちの店でジャッキーも買い物したんだよ」
 お土産屋の客引きに腕をぐいぐいひっぱられる。
 この感じ懐かしいなあ...。子どものころ、はじめてインドを旅行したときの記憶がよみがってくる。これも悪くないか。ひらき直って、門前の店みせを冷やかし歩く。

 昼どきになって、バス停や門前通りをウロウロ。手ごろな飯屋を探すが、目に入ってくるのはチベット料理やイスラエル料理の看板ばかり。あとは山盛りフレンチフライと、カビ臭そうなサンドイッチを出すような西洋人に媚びたしょぼいカフェしか見あたらない。

 ぼくはどこへ行っても、できるだけ町の定食屋でご飯を食べるようにしている。大当たりはないが、大はずれもない。旅の飯はそれぐらいがいい。
 だが、ここは観光地。普通がほしいのに、普通がない。インド料理の食堂を求めて、歩きに歩いてやっと見つけた軽食屋は、カチカチに冷めたつくりおきのスナックをしれっと出すような残念な店だった。

 「どうしたんだい?」
 浮かない顔で戻ってきたぼくの顔を見て、宿のオヤジが声をかける。
 今日の昼は散々だったんだ、このあたりで、普通のインド料理を食べれる店は知らない?
 「あるよ」
 とオヤジはニヤニヤ。彼はハゲあがった頭をひとなで、もったいつけるように大仰に一呼吸してから、ゆっくりと言った。
「わたしの家さ」
 それは願ってもない申し出だった。でも、特別な料理じゃなくて、みんなが普段食べているご飯でいいんだよ、と念押しする。
 「わかったわかった」
 彼はニコニコ顔でおかみさんにそれを伝えている。
 嬉しい。久しぶりに真心のこもった食べ物を口にできそうだ。

 いつもより早めにシャワーを浴び、ベッドに寝ころびながら、今日一日をふりかえり手帳に書きとめる。
 「夕食ができたぞー」
 階下から呼び声が響く。小走りに階段を降りると、夕風が風呂あがりのからだに心地いい。
 バルコニーの一角には、どこからか運んできたプラスティックのテーブルと椅子。オヤジはウエイターのようにその横に立って手招きしてる。
 「さあ、スペシャル・ターリーのできあがりだよ」
 おかみさんがターリー(スチール製の大皿)を持ってくる。
 皿の上には5種類のおかず、ヨーグルト、チャパティ(全粒粉の薄いパン)、ご飯、パパド(豆のあげせん)、ピクルス......フルーツジュースまで付いている。

 そう、こういうご飯が食べたかったんだよね。自分でも顔がにやけているのがわかる。
 チャパティを指でちぎり、ひよこ豆の煮込みを浸して、パクリ。

...ん? なんだろう、この強烈なうま味は...。
 首をかしげながら、隣のジャガイモとグリーンピースの炒め煮を食べる。
...んん? こっちもすごいうま味だ。
 ためしにヨーグルトを指先で舐めると、こちらも口の中にじゅわわとうま味が押し寄せる!
 うまい。妙にうますぎる。そして、そのあとじんわりとやってくる、あの舌の痺れ。
 そう。美味しそうにみえた料理の全部に、化学調味料AJINOMOTOがたっぷり混ざっていたのだ。

 それから先は地獄だった。
 5種類のおかずはそれぞれ異なる野菜とスパイスでつくられているはずなのに、どれも同じ味になっていた。口直しのヨーグルトまで奴らの味に染められて、四方八方逃げ場がない。
 無化調じゃないと具合が悪くなるようなセンシティブな暮らしはおくっていないが、スパイスに負けじと大量投入された化学調味料には身も心も痺れてしまった。塩や砂糖なら溶けきらずジャリっとするレベルだ。

 そういえば、かつて日本でも化学調味料を白ご飯にかけ、味噌汁にかけ、漬け物にかけて食べる家が普通にあった、と聞いたことがある。
 しかし、わざわざつくってもらった料理を残すわけにはいかない。心を無にして、流しこむように平らげる。ぼくが日本人だから気を利かせたのか、あるいは彼ら一家が単に化学調味料好きなだけなのか、もはや尋ねる気も起きない。
 さっきまでの幸せな気分はどこへやら、ぼくは早々に自室に戻り、ベッドに倒れた。ムカムカする胃と、痺れる舌に悶絶しながら、その日は寝苦しい夜をすごした。

 2000年を超えたころから、インドの街にはファーストフード店がどっと増えた。
 ショッピングモールの最上階にはフードコートができ、週末ともなると家族連れが列をなすようになった。各地方のインド料理はもちろん、中華、イタリアン、タイ、韓国料理、ハンバーガー、ピザ、ジャンクフード、なんでもござれ。一度に大量につくられる料理は材料も悪く、時間とともに香りも味も抜けてしまう。それを補うように油やギー(インドのバター)、砂糖、着色料......そして、化学調味料味が惜しげもなく添加される。

 マギー社のインスタント麺はすでに市民権を得て、好きな食べ物は? と聞くと迷わず「マギー!」と言う子どもも少なくない。デリバリーや、屋台で安値な中華料理を食べさせる店では、化学調味料の味しかない焼そばや炒飯が人気。スーパーの棚にはあの真っ赤なラベルの白い粉が、普通に並ぶようになった。

 田舎町の料理の上手な友人宅で夕食をごちそうになったとき。
 「今日はありあわせのものばかりだから、一品だけ近所のレストランからテイクアウトしてきたのよ」
と出された料理が、化学調味料まみれだった。
 彼女はなんてことない野菜や豆だけで、びっくりするほど深い味わいの料理をつくれるのに......。ものすごく切なかった。
 グルタミン酸のうま味、唐辛子や胡椒のように舌をヒリヒリさせる刺激。日本からやってきた魔法のスパイスは、都会と田舎の格差も飛び越え、ジャンクな外食産業とともに瞬く間に浸透してしまった。
 州や地方、コミュニティーや家ごとにそれぞれ異なる超多様なインドの食を「うま味」という新しい味で平等に、均一化させる。
 それは都市や観光地がみな似たような風貌になっていくことより、怖いことかもしれない。
 いまや、ぼくらがAJINOMOTOを食べているんじゃなくて、AJINOMOTOがぼくらを食べている。そんな妄想さえふくらんでしまう。

 だって、インドだもん。

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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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