たもんのインドだもん

第20回 遙かなる時の呼び声

2014.12.18更新

第21回

 クラクションが鳴り響き、排気ガスが充満する大通り。
 ぼくを乗せたオートリクシャーが走る。立体交差の登り坂にさしかかった途端、エンジン音が重たく唸りだす。加速が悪い。急いでいるときにかぎって、こんなポンコツのオートに乗ってしまうなんて。
 何台ものバイクに追い抜かされ、ようやく下った先の交差点は大混雑だ。
 まずい。このままだと約束の時間にはたどり着けない。

「急いでるんだ。何とかならない?」
 ぼくの声に振り向きもせず、背中を向けたままの運転手は諦めたような低い声で言う。
「......渋滞ですぜ、ダンナ」
 カチリカチリ、規則正しく回る料金メーターの音が気を急かせるが、進まないものは進まない。結局、待ち合わせ場所に到着したのは約束の20分遅れだった。
 ああ、なんて言い訳をしよう......頭の中をぐるぐるさせながら、あたりを見回すが友人の姿はない。
 その場で待つこと30分。待ち人はようやく人ごみのなかから手を振って現れた。待ち合わせ時間から一時間弱も遅刻したなんて微塵も感じさせない。ものすごい笑顔だ。

「インド人は時間にルーズなんでしょ?」と聞かれることがある。それは半分は正解で、半分は間違いだ。
 日本でも沖縄の人は待ち合わせ時間に家を出る、なんて言われる。たしかにインドにもそういう人は少なくない。
 おまけに都市の渋滞は年々ひどくなる一方で、普段なら20分で行ける距離でも、渋滞にはまって1時間かかった、なんてよく聞く話だ。

 その一方で、時間にキッチリした人もいる。待ち合わせ数十分前には来る人、いつも時間通りに行かずイライラしている人、関西でいうところの"いらち"な人もけっこう多い。日本人だってみんながみんな勤勉じゃない。インド人がみな時間にルーズな人間だと決めつけるのはずいぶん乱暴な話だと思う。
 むしろ、キッチリさんとの待ち合わせで遅刻するのは、いつもぼくのほうだ。ちゃんと時間前に来てくれているのにすまないなあ、と、道すがら考える言い訳を考える。
 挨拶そこそこに遅れてきたことへのお詫びの言葉を並べる。相手からも「日本人なのに......!」と呆れられているかもしれない。

 でも、よくよく思い出してみると、ぼくの友人の遅刻魔たちはほぼ全員、待ち合わせに遅れても謝ったり、言い訳をしたりすることがなかった。
 どんなに遅れても悪びれることはまったくない。まぶしい笑顔で登場し、今日こうして会えたことの幸せをからだ全体で表現する。とめどもなく喋りまくる彼のハッピーな横顔を見ていると、ぼくの方が時間を勘違いして早く来たのかも? とさえ思ってしまう。
 こんなに待ったのに! と不平が述べる暇もなく、気がつけばバカ話に合いの手を打って笑う自分がいる。

 ......もしかして、これはすごい術ではないか?!
 そのことに気がついてから、ぼくはどんなに遅刻をしたときも、気を大きくもつようにした。
 相手が時間のことを言い出さないかぎり、遅れたことに触れることなく、楽しくハイテンションに振る舞う。下手すると相手の気分を逆なでしてしまいそうだが、意外なことに、遅刻の時間が大きければ大きいほど、この方法はうまくいった。


 つい最近、新しい時計についてのニュースを読んだ。その時計は日本の企業がつくったものながら、イスラム教徒のお祈りの時間や方向、イスラム暦の表示機能が搭載され、南アジアや中近東を中心に大ヒットしているという。
 昔、時計会社セイコーインスツルメンツの人たちと仕事をしたとき、インド人に必要な時計はどんなものだろうか、と考えた。
 いまでこそ、スマホや携帯の普及で多くの人が正確な時間を知れるようになったが、かつてのインドでは街中で正しい時刻を見つけるのは、安全な飲料水を得るのと同じくらい難しいことだった。
 家の置き時計も、腕時計もみんなバラバラ。頼みの綱のホテルや銀行、駅、バス停など公共交通の場ですら、数分ずつずれていた。

 もちろん、すべての時計を差し替え、衛星電波で正確な時刻合わせをすることもできるだろう。
 だが、別の発想で新しい時計はつくれないか。
 まず自分の家の時計と同じ時刻を設定。次に友人や駅、お店などの時計の時刻をいくつか登録する。登録後、スイッチをぽちっと押すとアラ不思議! ジジジジと針が動いて、すべての時刻の平均をとった、「いさかいのない時刻」が表示されるのだ。
 時刻の登録数があんまり多くなると、正確な時刻にどんどん近づいてしまうので、データは少ない方がいい。あとはできるだけ間違った、変な時刻をいれた方が面白いだろう。
 そんな時計を持って暮らせば、いつも10分遅れてやってくる友人との待ち合わせも、なんと5分しか待たなくてすむわけだ。こんな時計ちょっと欲しくないですか? どうですか、お客さん。

 これって妄想話ではなくて、実はみんな同じことを普段からやっているんじゃないかな。
ぼくは遅刻を悪びれなくなってから、友人たちには「いつも待ち合わせに遅れてくる人」と認識され、自動的にいつも少し早目に待ち合わせ時間が設定されるようになった。
 ぼくも、遅刻の多い人と会う時は少し遅く家を出て、時間に厳しい人ならば少し早く家を出る。
 もしも、昔の映画やドラマのなかに携帯電話があったらほとんどの物語はなりたたなくなる、と言った人がいた。ぼくらは「正しい情報」というものにとらわれるあまり、もっと豊かな物語や、予期せぬ出会いを見逃しているのかもしれない。

 わが愛すべきインドの友人のなかには、超ド級の遅刻魔がいる。彼が約束の通り登場することは、100%ありえない。期待を裏切らない遅刻っぷりだ。
「明日の昼に君ん家に行くよ」と向こうから電話があって約束したのに、時間通りにはまったく来ず、そのまま数十時間待たされつづけ、結局2日後に現れる。ここまでいくと約束なんかしなくてもいいんじゃないかと思うが、それは言わないでおこう。
 2日遅れでやってきても、彼は
「やあ、元気だった?ご飯は食べた?」
 なんて、町でばったり会った親しい友人のように接してくれるのだから。

 彼の家族の寺で、ぼくら夫婦の結婚式をやってくれたとき。
 早朝から儀式がつづき、ご飯もゆっくりしっかり食べ、お色直しも数回して、途中でみんなで昼寝もした。だれも時計なんて見ていないんじゃないか、と思えるほど、式次第はのんびりと進んでいった。
「予定通りにいかないのが予定通りだよ」
 村の長老風にじいちゃんが耳元で言った。
「だが、花婿が花嫁にマンガラスートラ(結婚首輪)をつける瞬間だけは、ちゃんと間に合わせなくっちゃな」
 それはインド占星術から導き出された「結婚するには最も幸運な月日の時刻」で、一生のなかで、誕生の時や、死の時に並んで重要な時刻なのだそうだ。いままでのデタラメさはなんだったんだろう、と思うほど、みなその時刻にだけは神経を集中させていた。

 件の遅刻魔の彼は、式の途中もちょこちょこ雲隠れして、そのたびに家族に探されていたが、式のピーク、首輪をつける瞬間にはまるで遠方から駆けつけた親友のような顔ぶりで、額に汗を滲ませて高砂に飛んできた。その姿をみて、ぼくはおもわず目頭を熱くしたものだ。
 でも、まてよ。あのとき進行を取り仕切っていた彼のお父さんの腕時計は、果たして正しい時刻をさしていたのだろうか。......いまとなっては誰にもわからないけど、まあ、いいか。
 だって、インドだもん。

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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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