たもんのインドだもん

第27回 子はかすがい

2016.08.24更新



 数年前、1歳そこそこの娘をインドに連れて行こうとしたとき、
「そんな小さいのに大丈夫?」
と友人たちに心配された。子連れで普通の国を旅行するのだって大変なのに、ましてやインドなんて! と思ったのだろう。カレーばかりでお腹を壊すかもしれない、伝染病になったらどうしよう、治安が悪くてテロや犯罪に巻き込まれないか......日本に伝わっているインドのイメージは悪いものばかりだ。

 だが、ぼくには妙な安心感があった。
 バンガロールには自分の家があり、食べたいものを自炊できる。友だちも多く、困ったことがあれば助けてくれる。具合が悪くなっても、日本の都市より病院は多いし、アーユルヴェーダ(インド伝統医学)やホメオパシー(同種療法)など、西洋医学以外の選択肢もある。
 凹凸の多い道路のことを思うとベビーカーは通行不可だが、抱っこひもを使えばきり抜けられる。日本製の紙オムツは持参するけど、あの気候ならば、すぐ乾く布オムツの方がいいかもしれない。これを機にトイレ・トレーニングに挑戦してもいい。インドでは、貧富を問わずオムツなしで赤ん坊を育てる家がある。石の床だから、おしっこでも、うんちでも、出たら拭けばいいだけだ。

 不安を膨らませてオロオロするより、うまくいかないインドを、子どもと一緒に楽しもう。そんな気持ちで出発することにした。
 関空から七時間でマレーシア。クアラルンプール空港で乗り換えて、さらに三時間後にはバンガロール着。朝に日本を出て、夜にはインドの家にたどり着く。ぼくの子どもの頃にくらべたら、信じられないほどスムーズだ。
 道中の空港では、小さな子どもがいるというだけで、職員や、旅行者が声をかけてくれる。町なかも同じ。大人だけの旅行とはだいぶ違う。


「かわいい子だねえ」
 近所の食堂のおかみさんが、断りもなく娘をすっと抱き上げる。自分の孫のようにカンナダ語でなにやら話しかけては、ほっぺたをつまんだり、歌を歌ったりしている。それを見つけた店主のおじさん、ひょいと横からだっこして、鼻歌まじりにあやしだす。若いウエイターたちが仕事の手を休め、興味津々の顔で集まってくる。わが娘は手から手へ渡され、だっこのリレー。厨房の方もひとまわり、食事がおわる頃には、ほかのお客さんの子どもと遊んでいる。
 インドの人口は多い。都市は核家族化が進んでいるとはいえ、大家族的なふるまいが残っていて、子育てはみんなでやるもの、という感覚があたり前に染み込んでいる。

 とはいえ、日本に比べれば、町中はいろいろと危険は多い。歩道はガタガタ、ドブ板が外れて深い穴があいているところもあるし、車は通行人など気にせず前に進むことだけを考えているので、子どもを連れて外を歩くときはハラハラする。
 渋滞もひどく、とにかく移動に時間がかかる。排気ガスで目や喉が痛くなる。娘は京都でも人ごみに近づかない生活を過ごしてきたので、多すぎる人に人あたりするのかすぐ疲れてしまう。
 田舎の友だちの家では、網戸のない窓から蚊が入り放題。虫よけスプレーと、蚊取り線香をガンガンつけて対抗するも、インドの蚊はものともしない。その家のお母さんが数年前チクングニア熱(デング熱のような蚊を媒介とする感染病)になったときいてゾッとする。
 冷静に考えれば子どもに優しいとはいえない環境だ。それでも、ベビーカーで駅を行くだけで舌打ちされるような世知辛い東京に比べたら、子どもを見ると道ゆく人が「困っていることはない?」と声をかけてくれるインドの方が、何倍も安心できる。
 
 普段は目の玉が飛び出るほど辛い料理しかでない友だちの家も、子どもにはちゃんと辛みのないご飯を用意してくれる。大体は煮豆かヨーグルトをご飯にどばっとかけて、塩をぱらぱらかけただけ。味も超シンプル。ぼくが子どもの時ならば絶対食べれなかったと思うが、意外と娘はこれが気に入ったようで、手づかみでパクパク食べていた。特別なものはいらない。このくらいのぞんざいっぷりが気楽でいい。

 近ごろは、インドでも子ども向け映画が作られるようになったが、ちょっと前までは、家族みんなで同じ映画を見るのが普通だった。血を血で洗う復讐劇や、嫉妬や因習が渦巻く恋愛もの、ナタや首がポンポン飛び交う暴力シーンてんこもりのアクションものなど、日本ならまず子どもとは見ない類の映画を、子どもからお年寄りまで、わーわー言って楽しんでいる。
 子どもへの配慮がないといってしまえばそれまでだが、子どもを特別扱いしすぎない、という見方もできる。


 町を歩いていても、常に子どもが視界にはいる。親のほうも町の人たちに甘えているのか、子どもたちはわがままし放題だ。店でも駅でも、飛び回り走り回り、大声あげて歌い踊り、遠慮なし。日本人が見たら躾がなっていない! と怒り出すかもしれない。
 その一方で命にかかるようなこと、誰かを傷つけるようなこと、ほんとうに危ない場面では、他人の子であってもしっかり叱るし、ダメなものはダメと言える大人がいる。

 そういえば、ぼくが小学生のとき、近所に「ブルドックばあさん」と呼ばれる老人がいた。登下校ルートに、ブルドック犬に似たおばさんが一人で住んでいる家があって、子どもたちは毎日のようにピンポンダッシュをしたり、庭木にいたずらしたりした。ばあさんの方も負けてはおらず、子どもが通るとホウキで叩いたり、ひしゃくで水をかけたりした。
 子どもたちにとっては彼女は恐ろしい存在だったが、通りにいない日は逆に寂しくて、家の前でみんなで声を合わせ「ブルドックさ~ん」と呼んだ。
 幼いぼくは、あのおばさんは子どもが大嫌いなんだ、と思っていたが、もしかすると、彼女は子どもとのやりとりを人一倍楽しんでいたのかもしれない。大人になって、風の便りにブルドックばあさんが亡くなったと聞いたとき、ぼくはおもわず家の前までいってしまった。空き家には雑草がぼうぼうと生え、ピンポンを押しても返事はなかった。町にぽっかりと穴が空いてしまったような気がした。

 日本では保育園の子どもの騒音がときどき問題になる。おしゃれなカフェや、セレクトショップではお子様同伴お断りの店もあるそうだ。
 テレビから流れてきたニュースを見て、祖母がつぶやいた一言が忘れられない。
「変な話だね。大人もみんな子どもだったのにね......」
 子どもに優しくない国は、めぐりめぐって大人にも優しくない。子どもは大人の写し姿、ともいえる。それに気が付かず大人の都合だけで決めていくのは、ずいぶん子どもっぽい社会ではないか。
 インド人の友だちならば、こんなニュース笑い飛ばすだろう。
「子どもの声がうるさいって? 大人の声がそれよりうるさければ気にならないよ!」






◎『持ち帰りたいインド』+『たもんのインドたもん』W刊行イベント

となりのインドさん

2016.9.17(土)恵文社COTTAGE

恵文社コテージが1日限定インドになる?!
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遠くて近い、等身大のインドにふれてみませんか。

昼の部では、多聞さんがお手製の南インド家庭料理(30食限定)をお出しします。
ご飯のあとは、チャーイ、ラッシー、インドビールなどインドな飲みものが楽しめる!

イベント詳細&ランチのご予約は
http://kokyuu.org/indo/


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矢萩多聞(やはぎ・たもん)

1980年横浜生まれ。9歳のとき、はじめてネパールを訪れてから、毎年インド・ネパールを旅する。中学1年生で学校に行くのを辞め、ペンによる細密画を描きはじめる。1995年から、南インドと日本を半年ごとに往復し、日本帰国時に、銀座、横浜などで個展を開催する。

2000年、日印コミュニティサイト「Indo.to」をオープン。2002年、対談本『イン ド・まるごと多聞典』(春風社)を刊行。このころから、本の装丁の仕事をはじめる。バンガロールのアトリエをキープしつつ、2012年、事務所兼自宅を京都に移転。現在、インド/横浜/京都を行き来し、装丁、ペン画、エディトリアル・デザイン、イベント企画など多岐に渡って活動をくり広げている。

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