10年後を考える

第3回 正解は「探す」のではなく「なる」!山梨のローカルライフ<前編>

2018.01.03更新

 「10年後を考える」をテーマに、未来に自分がどう生きていくべきかを考えるこの連載。前回『僕たちは「国民国家」の終わりに生きている?』にはたくさんのコメントをもらいました。わーい!みんなありがとう!

 "国民国家パラダイムが保証してきた様々なサービスが劣化し、消滅していく10年間であり、今まで信じられてきた日本というアイデンティティが解体し再生する10年間"

 そして。これから来るべき10年後は、実はすで各地のローカルで生きる新世代たちによってプロトタイピングされているのではなかろうか?ていうか、僕自身がすでに10年後を生き始めているのかもしれない!

山梨の山中の廃屋をゲットする!


僕の住む集落からの眺め

 ということで。10年後の世界を生きる最初のサンプルとして僕小倉ヒラクのここ最近について書いてみようではないか。

 僕はいま、山梨の山の中に住んでいる。30年間生まれ育った東京を出て、3年前に山梨県の甲州市に引っ越した。山梨のまんなかで、日本一のワインの醸造地であり、山の斜面にブドウや桃の果樹畑が延々とひろがる人口約3万人の街だ。市の中心の塩山駅から車で7kmほど山を登った集落に僕の家はある。
夜空には満点の星空、寝る時に聞こえるのは獣の遠吠えというなかなかワイルドな環境だ。

 東京に生まれ育った都会っ子の僕が、縁もゆかりもない山梨に引っ越した理由は、冗談のように聞こえるかもしれないが「微生物の研究をするため」だ。要素を具体的に挙げていくと、

1:良い地下水が湧いている
2:朝晩・四季の寒暖差がある
3:風通しがいい
4:近くに良い土と川辺がある
5:土地が広い(200坪くらい)

①水道をひねれば仕込み水で
②同じ環境内で菌の働きの変化を観察できて
③雑菌がよどまず
④色んな菌を捕まえてくることができて
⑤仕込みの器や実験器具を置くスペースに悩まない!

 という理想の環境だった。引越し前に暮らしていた東京の家ではいちいち何でも買ってこなくていけなくて、しかも仕込みのスペースがなくて困っていた。そんな悩みもこの山梨の環境なら全て解決!サイコーすぎる...。しかも賃貸ではなく、売り家だったんです(山梨ではめぼしい物件は賃貸では出てこない)。

「持ち家買うなんて昭和の価値観だろ」
「ローン返すために働くなんてバカバカしい」
「一箇所の土地に縛られるなんて自由じゃなくない?」

 と都会っ子丸出しの疑問が湧いてきましたが、忌憚なく言うと200坪で480万円だったんですよ、奥さん!

 えーと、僕が住んでたさして広くない東京の家の家賃は月10万円。で、四年間住んだから、10万円×48で480万円。そこに敷金礼金更新料足すとだな......

 ななな、なんと!4年間住んだらモト取れてしまうではないか〜!むしろ借りるのがバカバカしいだろ!

 と電卓を叩いた瞬間に都会っ子マインドを全面廃棄し、雀の涙の貯金を頭金に、30歳にしていきなり見ず知らずの山梨の山の中の土地をゲットしてしまったのであるよ。人生何が起きるかわからないもんだぜ。

 しかしだ。
 破格でゲットした物件は昭和の古き良き幸せのマイホーム...というイメージから遠すぎるにも程がある

・数年間放置され廃屋と化した物件
・車がないと家に辿り着けないロケーション
・腰が抜けるほど厳しい冬の寒さ

 という、便利な環境が整備された都会っ子にはハードコアな条件ももれなくついてきた。貯金は頭金に回したので、リフォームは自力でやるしかない。そして車もゲットしなければいけない(ていうか30歳になるまで免許も持ってなかった)。そして家がデカい&断熱ゼロの木造家屋なので並のエアコンやストーブじゃぜんぜん暖かくならない!なんなら冬場に水道管が凍って破裂する!雪が積もったら山を降りられない!つまり遭難!ボーっとしてると鹿にぶつかる!ボーっとしてると穴につまずいて何だ?と辺りを見回したらイノシシがほくそ笑んでる!ボーっとしてるとアナグマに「餌くれよお」とタカられる!アナグマいっけん可愛く見えるけど目が笑ってない!

 ...と前途多難すぎる引っ越しだったのだけど、フタを開けてみればめちゃくちゃ楽しい生活が待っていたのだな。


「つくる本能」が炸裂!


土むき出しの状態からリフォームスタート!

 2014年の初春、引っ越しの日を迎えた。二拠点生活は考えず、東京の住所はきれいに引き払って、さあリアルローカルライフのはじまりだー!と意気込んで山の中の家に到着してみたらば、

 ゆゆゆ、床がない!家の床がない〜〜!!!

 という衝撃の展開。不動産屋さんが気を利かして腐った床を撤去してくれていたのですが、まさか自分で床を貼るところからスタートしなければいけないとは!


ほぼ半年かかってようやくちゃんと住める状態に

 細かく区切られた昔の間取りを開放的にするために近所の大工さんや友だちに手伝ってもらって和室2つの仕切りと天井を壊してリビングにしたり、昭和を感じる壁紙を剥がして塗装しなおしたり、何度も建て増ししてぐちゃぐちゃになった配電を整理したり、前の住人が残した膨大な粗大ごみを片付けたり...と三ヶ月くらいは家中が工事用のブルーシートだらけ。特に屋根と壁をなおすまでは家のなかでキャンプしているようなワイルドな生活でした。夜中になんか視線を感じるな...と思ったら壁の穴からハクビシンが「おい新入り、挨拶せえよ」と僕をじっと見ていたり、東京で買った洒落た中古のルノー車が急な山道のアップダウンに耐えきれず半年でATが壊れて廃車になったりと、ローカル暮らしの洗礼を受けつつ、しかし今まで知らなかった己の「何でもつくる本能」が目覚めていったのだよ。

 僕の引っ越した集落の住人たちを見ていると、人間には「なんでもつくる本能」がプリインストールされているのではないかと思ってしまう。
 隣のHおじさんは、北欧からログハウスキットを輸入して自分の家を建て、Yおばさんは裏山の水源から庭の池の水を引いてくる。しかも話は個人の敷地にとどまらず元水道エンジニアのEさんを中心に集落メンバーで地下水を管理してしまうなど、とにかくみんなDIY力が高い。家や水や道路など、都会では「誰かがつくって自分に貸してくれるもの」がここでは「自分で積極的にコミットしてつくりあげるもの」になっている。

 非力だし不器用だしDIYとか絶対ムリ!と思っていた僕自身、いつの間にか鼻歌まじりに木材を加工し塗装しライティングレールの取り付けとかやっているではないか。こりゃびっくり!

 ここでは、都会では「誰かから借りるもの」であるはずのインフラが「自分でつくるもの」として認識されている。
 そしてだな。自分でやってみて気づいたのだが、自分でなんでもつくるのはめちゃくちゃ楽しいのだよ。

 自分の手で家をなおしてみると、床がどういう構造になっているのか、水道管はどういう風に取り付けられるのか、電気はどうやってコンセントにつながっているのか、どういう塗料を塗れば空気が気持ちよくなるのか、ガラスや障子をどうやって張り替えるのかなどなど、普段当たり前に目にしているのによく知らない仕組みを理解することができる。

 つまり。「自分でつくる」とは「自分の世界を構成しているものを深く知る」行為であるとも言える。

 僕の本業の発酵で言うとだな。自分で手前みそを仕込むと、身近な食の裏側にある様々な問題を知ることになる。せっかく自分で仕込むのだから国産の大豆がいい!とスーパーを探してみてもなかなか国産大豆が見つからない。それもそのはず、国内の大豆自給率が数%にしか過ぎず、しかも和食を支える重要な穀物が国際的な投機の対象になっているという驚きの事実に直面したりする。味噌を通して農業のこと、経済のこと、政治のことを知識ではなく「身をもって」知る。

 消費するときの「知る」と、自分でつくるときの「知る」は、同じ「知る」でも性質が違う。デザイナーとして情報を右から左に流してお金を稼ぎ、稼いだお金を家や水や食べ物を消費という形式で「借りて」いた都会での僕の暮らしは、ローカルに引っ越すことで「つくる」に向かって方向転換していった。

 それは自分が思っているよりラディカルな変化だったんだね。


世捨て人になるはずが...

 山梨に引っ越して働きかたも変わった。
 デザイナーの道をドロップアウトして微生物の世界へ行くぞ!と決めた時点で半ば世捨て人になるつもりだったし、そのうえ田舎に引っ越しちゃうし、もはや仙人になるしかなくない?かすみの美味しい調理法研究しといたほうがよくない...?と覚悟して引っ越してみたら逆に仕事の依頼が増えてしまったのであるよ。

 デザイナー時代から東京でなく地方で仕事することが多かったこともあって、

 「ヒラク君もようやく地方の人の気持ちがわかるね!」

 と、ローカルからの仕事の依頼が爆増し、しかも

 「微生物のために山に引っ越すデザイナーとか何だよwちょっとからかってやるか」

 とメディアからの取材が相次ぎ、引っ越して一年足らずで「山梨の山中で菌と暮らしているアヤしい発酵デザイナー」というポジションが確立してしまった。ぜんぜん世捨てるヒマなかったっすよ先輩!

 そんな状況で学んだことが2つある。
 ひとつは「都会では真似をすることが価値だが、ローカルでは自分らしくあることが価値である」ということだ。都市部は市場が巨大なので、20代〜30代半ばくらいの社会人は「トレンドに沿った70点の仕事をスピーディに納品すること」が求められるが、ローカルではそもそも市場が極小なので、トレンドも70点の仕事も存在する余地がない。反対に自分の趣味に振り切った点数付けすらできない謎のボールを全力で投げるとその土地のはるか外まで届き、その結果「とんでもない飛距離のボールを投げるヤツ」としてその土地のなかでオーサライズされることになる(ボールが届く先は都市部に限らない。他のローカルや海外にも届くんだよ。WEBやSNSの力はスゴい)。

 もうひとつ学んだことは「都会では戦う相手は他人だが、ローカルでは戦う相手は自分である」ということだ。前述の通りローカルでは「自分らしくいることが価値」なのだが、自分を信じて進むためにはかなりの熟慮が必要だ。発酵デザイナーという謎すぎる肩書を自分に納得させるために果てしない自己研鑽と自問自答をしないといけない(実家の両親もめちゃ心配している...!)。そして山に住むと「これから飲みこない?」という連絡が見事なまでに消滅する。近くでお金使う場所は温泉くらいしかないし、人との煩雑なコミュニケーションが減り、ノイズの少ない状態でじっくり時間をかけて自分のやるべきことを考えるようになる。これを続けると「外に正解を求めない」というマイペースっぷりが醸成されることになる。

 ひたすらマイペースで自分の仕事や暮らしをつくりだすこのローカルな暮らしは、10年後の社会を生きるための訓練なのではなかろうか?国家単位の大きな規範が崩壊して「何を信じたらいいかわからない!」とあわてないためには事前準備が必要だ。

 「先のことがわからない状態でも楽しく生きられる」

 というスタンスが変化の時代の究極のサバイバル術である...!と、今書きながら気づいた。未来を正確に予測する能力は変化の少ない時代の正解であり、「正解がわからなくても自分の信じた道に全力投球する」というのが不確定要素だらけの変化の時代の正解だ。

 なぜなら、ローカルに生きるあなたの全力投球こそが「小さな規範」になり得るからだ。
 「正解を探す」のではなく「正解になる」のが10年後の未来を生きる心構えなのであるよ。

 気づいたら結構な文字数になったので、次回も引き続き山梨のローカルライフの話をすることにしよう。
 それではまた来月会いましょう。

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小倉ヒラク(おぐら・ひらく)

発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボをつくり日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014を受賞。新著に『発酵文化人類学』。

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