セラピスト1年生

第3回 「相思相愛」を探して

2010.01.20更新

 しかし、銀座はそんなに甘くはなかった。
 まず、リーマンショック以降、銀座のクラブはどこもえらく大変で、実に600軒が店を閉めたという。銀座ホステス8年目の友人によれば、閉めた店がすべて外看板の電気を消すと、街全体がたいへん寂しく暗くなるので、看板の電気を消さないところがたくさんあるそうだ。
 次に私の年齢(笑)。なにしろ38歳である、ヘルプで働ける年齢ではない。そして既存客はというと、赤坂時代のお客様でいまだ付き合いのある人が数人いるものの、赤坂と銀座では価格帯が3倍くらい違うから、呼べるわけもない。

 だがチャレンジしてみる価値はあると、私は銀座に足を踏み入れ、Tさんという男性に会った。先の友人が「自分が働いている店は、いまはお客様のいないオンナノコは要らないというので、紹介できないの」と言って、その男性を紹介してくれたのだ。
 彼の仕事は、ホステス希望のオンナノコをいろんな店に次々と連れて行くというものなのだが、彼がどのような仕組みによってどこからお金を得ているのかはぜんぜんわからない。(もちろん私は彼に一銭も払っていない。)銀座は本当に不思議な街だ。

 私は彼に連れられて、3日で10店舗ほどの面接を受けた。その中には老舗と言われるGとかAとかNもあった。
 1日目はワンピースだったのだけど、2日目は着物にした。両日とも銀座の美容院で銀座仕様のヘアにしてもらった。
 面接で「化粧が薄いね」と店長に言われれば、翌日書店で『千吉良恵子の可能力メイク』(モデル井川遥)を買い、化粧道具をそろえ、鏡の前でメイクを学んだ。
 おかげである店では「27、8歳?」と店長に言われた。メイクと巻き髪と暗がりで男はいくらでもだませるもんだな、とあらためて思った(笑)。その格好のまま、Vという店で体験入店もした。

 そして思ったことは、行きたいところからはフラれ、行きたいと思えないところからは乞われ、つまり贅沢な言い分だけど、"相思相愛"になかなかならない、ということ。
 具体的に言えば、銀座の高級店は「20代前半までの美しいヘルプ」か「銀座のお客様を持っているホステス」しか要らないのだった。提示されたある条件では、「日給2万3千円(衣装代・美容代込み)、同伴(お客様と一緒に入店すること)月4回&売上ウン万円が条件で、3カ月様子をみてもいいよ」的な(笑)。店を出たあと、溜め息がダダ漏れた。
 かたや中流の店だと、ノルマが一切ない代わりに、日給1万円。赤坂で働いていたときより安い。暢気でいいかもしれないけれど、銀座で働く意味がまったく見えない。

 そんなこんなで私は働く店を決められないでいた。無為に時間が経つのを、うつうつとしながらただ見送っていた。

 ある午後、親しい友人がうちに遊びに来た。私は疲れた彼女の体を癒すため、風呂上がりに横になってもらい、アロマオイルを調合し、ゆっくりとマッサージを始めた。
 私が彼女をアロマオイルマッサージをするようになってから、もう5年が経つ。生理不順で悩む彼女にマッサージしたとき、翌日2カ月ぶりの生理が来たそうで、私はアロマオイルの効果に感嘆した。
 彼女が妊娠し、安定期に入ってからもよく行っていた。うなじから両肩にかけて、きめ細かいきらめくような美しい肌となり、まるでシルクを触るような心地だった。臨月を迎えるころには、むくみの激しい足を揉みしだきながら、「明日は少しでも楽になるといいな」と思った。

 彼女はいつもと同じように本当に気持ち良さそうに吐息をもらした。だんだんと癒されていく彼女を触っているだけで、私自身まで癒されていく。静謐で甘い、そんな時間が刻々と過ぎていった。
 そして、ふと気づいた。「相思相愛にならない」ということは何かが間違っているのだ、ということに。

 私は思わず、「ねえ、いまやるべきはホステスじゃなくて、マッサージのような気がするんだけど、どう思う?」と友人に口走った。突拍子もない私の言葉を彼女は笑うでもなく、顔をあげて「素敵じゃない。それがきっと早道のような気がするよ」と言ってくれた。
 その瞬間、目の前がぱあっと開けた。

 10月20日、方向転換かくありき。私のセラピスト人生が始まったのだ。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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