セラピスト1年生

第5回 割に合わない

2010.02.03更新

 さて、研修の話に入る前に、面接で経験したことをいくつか記そうと思う。

 ネットで「アロマセラピーマッサージ」「募集」「未経験」などの言葉を検索していきついたいくつかの店に連絡をし、面接を受けられることになった一社目は、品川区にある会員制高給出張マッサージを行っているKという会社だった。
 募集は自宅出張アロマセラピストと提携ホテル専属アロマセラピストの2つ。惹かれたのは「未経験者に対する理論と実技の研修48時間」である。

 当日、担当者に言われたとおり最寄り駅から電話をすると、あるマンションまで誘導された。出迎えてくれたのはとても綺麗で落ち着いた感じの、20代後半くらいの女性。履歴書を渡し、さらにいくつかの質問要項に筆記で答えてから、面接が始まった。

 相手から訊かれたのは、前職や、志望動機などについて。
 私が尋ねたのは、研修の詳しい内容と、自宅出張か提携ホテル専属の待遇の違いについて。前者は事務所での待機時間には賃金が発生せず、後者は21時〜2時までのホテル待機中にたとえ一人もお客様がいなくても時給は支払われるということで、とりあえずは後者を選んだ。

 途中で言われたのが「うちは会員制なのでお客様の素性は把握しておりますし、お客様も私たちのサービスが怪しいマッサージではないことを重々承知なのですが、ときどきダメもとで誘ってきたり、卑猥なことを口にしたりする方がいらっしゃいます。そういうのには耐えられますか?」とのこと。
 耐えられますか?と訊かれてもねえ。私は言われたことはなかったけれど、ホステスの同僚は初めて席についた弁護士に「ねえ、今日隣の××ホテルに泊まっているんだけど、君いくら?」と耳元でささやかれたって言っていたし(最初からコールガールを呼びなはれ!)、そういうことっていうのは残念ながらどこでも(たとえ健全な職場だって!)ありうる。だから「ダメもと発言」は男性の特許と思って、女性はにっこり笑い毅然とお断りすればいいのである。
 というわけで私は「そういうのは平気です」と答えておいた。
 
 小1時間ほどの面接が終わり、「3日後に、採用だったら連絡します」と言われ、部屋を辞する。たぶん採用されるだろうな、と感じた。(こういうのはなんとなくわかるものである。)すぐに第3話の「親しい友人」に電話して、事の次第を報告すると、彼女も喜んでくれた。

 次に帰宅がてら元カレにメールをした。私の今後についてものすごく心配してくれていたので、彼にも報告しようと思ったのである。数分後に電話が鳴った。彼だった。
 開口一番、「ねえ、合格したらそこにするの? もう少し探してみなよ」と言われる。いくら会員制とはいえ、「提携ホテル専属」も「自宅出張」も個室でお客様と2人きりになるわけで、やはり何があってもおかしくない、と彼は言うのだ。「それに5時間で6800円保証っていっても、早くて深夜3時帰宅。翌日の午前中はつぶれるし、割に合わないだろ」
 アロマセラピーマッサージを兼業でやろうと決心し、ネット上の応募フォームでいくつか断られたのちの初面接だったから、どうやらバカみたいに高揚していたようで、私はあまり仕事の条件について考えていなかった。確かに彼が言わんとしていることはわかる。

 夜にもう一度先の友人にも連絡すると、「私もあれからその仕事の条件を考えてみたんだけど、けっこう大変なんじゃないかと思っていたの。他にもきっとあるから、もう少し頑張ってみて」と言われた。

 こうして考え直した(正気になった)私は、再度ネットで検索し、幸運にも二つ面接が決まった。

 二社目は、働くことを決めたBという会社で、15時に有楽町で面接を受け、その際に採用と言われ、研修の日程も決まった。その最中にKの面接担当者から携帯電話の留守録に採用の知らせが残っており、折り返して「申し訳ないのですが、恋人に反対されまして」と働けない旨を伝えた。

 そして同じ日の18時、私は「隠れ家的アロマセラピーマッサージサロン」という謳い文句のRという店に向かった。Bに決めてはいたものの、Bはアロマセラピーマッサージではなくリフレクソロジーとボディケアの店だったため(アロマセラピーマッサージをする店舗もあるのだが、そこは現在募集をしていないとのこと)、少しだけ揺れていたのだ。
「もしRがBよりももっと働きたいと思える場所だったら、一晩考えてみよう」
 そう思って、私はRのある最寄り駅に行き、電話をかけた。男性がマンションまでの道を教えてくれた。

 この男性が、いま思えばかなりの曲者なのだった・・・!

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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