セラピスト1年生

第6回 それ、面接の一部?

2010.02.10更新

 男性は店のオーナーで、面接は彼が担当するという。
 通された部屋は、明かりは控えめ、アロマオイルが焚かれ、普段はお客様の受付として使用されているようで、小さなテーブルの上にはメニュー表があり、椅子が2脚あった。
 まずは履歴書を渡し、オーナーの質問に答える。ここでも前職や志望動機が問われた。オーナーは50代くらいの中肉中背の少し髪が薄くなった男性で、とても穏やかな喋り方が印象的だった。

 まず、お客様は男性が8割、女性が2割。個室だけど、男性の自分が毎日ここに待機しているので、おかしな言動をするお客様はいないとのこと(もしいたとしても、セラピストから申告があればすぐに追い出すとのこと)。もともとマッサージ&按摩の資格を持っているオーナー自らの研修があり、通える時間数にもよるが、早い人だと2週間で修了、長くても4週間で修了とのことだった。

 そして気になる待遇だが、これはとてもよかった。簡単に書くと、始めたばかりの初心者セラピストでも4割保証である。たとえば1時間8000円のコースを一日4人担当したら、12800円がバックされるのだ。しかも指名の場合は半額保証(同条件で16000円)である。
 しかもセラピストは各部屋にわかれて待機で、お客様がいない時間はその部屋に付属のテレビを見てもいいし、オーディオで音楽を聴いてもいいし、読書していてもいいし、個人のパソコンを持ち込んで仕事したっていいのである!

 正直、すごく揺れた。ここだったらライターの仕事も持ち込めるし、まあまあ稼げるし、もともとやりたいアロマセラピーマッサージだし、ああうう、どうしようー、てな感じである。

 40分ほどの面接が終わったあとに、実際にマッサージする部屋を見せてもらったとき、オーナーは「採用します」と言った。
 私はここは本当のことを伝えるべきだと思い、「実は昼に面接を受けたところにも採用と言われているんです。正直迷っているので、一晩考えさせてもらえないでしょうか」と答えた。
 オーナーは一瞬「そうですか、残念ですね」と渋面を見せたが、思い直したふうに「だったら・・・」と切り出した。

 「時間があるなら、うちのアロマセラピーマッサージを受けていかれないですか?」

 瞬間、それは話が早いと思ってしまった。気に入れば、その技術を得たいと思うわけだし、ここで働きたいと思うかもしれない。気に入らなければ、やはりBで研修を受けて働けばいい。私は「時間はあるので、ぜひお願いします」と即答した。
 オーナーが「じゃあ、この部屋を使いますから準備していてください」と部屋を出て行ったので、私は服を脱ぎ、ショーツ一枚になってから、ベッドに横たわって自分で背中にバスタオルをかけた。半分「タダでアロマセラピーマッサージだー」なんてウキウキしながら。

 しかし、数分後に現れたのは、なんとオーナー自身だったのです!

 私は手のあいている女性セラピストがマッサージしてくれるものだとばかり思っていた。これはまずい、「やっぱりやめます」って言おうか。いや、どのみち研修はこのオーナーがするんだし・・・。と、混乱した頭で考えるも、オーナーはまったく感知する様子を見せず、「では始めます」と背中のバスタオルを腰までめくって、ショーツに挟み込む。

 もうこれは覚悟して受けるしかない。とりあえず背中だし、マッサージに集中しよう!

 と開き直って受けてみると、案外気持ちがいい。さすがにマッサージの資格を持っているだけあるのね・・・、と思ったのは最初のうちだけで、やはりよく知らない男性に直接肌を触られているのは鳥肌ものである。

 すると背中のマッサージを終えたオーナーは、バスタオルをもとの状態に戻し、今度は足側のバスタオルをめくって、ショーツに挟み込んだではないか。ひえー、どうしよう、もういいよー、と思うのだが、なにしろ面接における上下関係(雇用する側と雇用される側)が尾を引いて、なかなか言い出せないのである。(これも一種のパワハラか?)

 そしてさらに仰向けにされ、顔に目隠し用のタオルがかけられ、もう一度両足をマッサージされる。オーナーの指はショーツのラインぎりぎりまで登ってくる。自分の足が緊張のあまり床から浮くのがわかる。まったくもってリラックスからはほど遠い。
 我慢できずに「そのへんはやらないで大丈夫です」と言うと、「でもこのあたりまでがリンパのラインなので、ここまでしっかりマッサージしてほしいんですよね」と言い返される。さっきまで穏やかだと思っていた喋り方が、かえって恐怖をそそる。

 ふと内田春菊や倉田真由美がまだ売れないマンガ家だった時代、編集者に体験エロ取材を強いられていたのを思い出す。でも私、書くとこがあるわけじゃないしーっ!(いま書いてるけど。)

 そしてついに限界が来た。オーナーに「さきほどご友人にアロマオイルでマッサージをされているっておっしゃっていましたよね。それをあとで僕にやっていただけませんか?」と言われたのだ。それ、する必要あり?

 私は「トイレに行っていいですか?」と言い、携帯電話を持って部屋を出た。他の部屋からは何の音も聞こえてこなかった。一瞬「私はいったいどこにいるのだろう?」と思って、背筋がゾクッとした。
 部屋に戻ってからオーナーに「約束していた友人がもう待ち合わせ場所にいるって連絡があったので、行きます」と言った。そして服を着替え、玄関で「今夜考えて、明日連絡します」と、そこを出た。

 雨があがっていたけれど、外はまだしみじみと寒かった。友人の家に向かう途中で、明日連絡するのはやめようと思った。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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