セラピスト1年生

第7回 自らの命も助く

2010.02.17更新

 さて前回までにあるように、面接していただいた3社のうち2社はもともとやりたかったアロマセラピーマッサージだったものの、そのようなワケで辞退することにした。
 採用していただいた会社Bは、アロマセラピーマッサージがメニューにあるサロンを持っているが現在セラピストの募集はないということで、ボディケアとリフレクソロジーがメインの別のサロンに配属される形で、いよいよ研修が始まった。

 まずはオリエンテーションに参加する。
 北は北海道・青森あたりから南は沖縄・九州あたりまでまんべんなく受講者が来ており、その数約50名が会場のパイプ椅子に並んだ。そして研修の内容やルール、会社概要、理念、簡単な組織図まで、いろいろと学んだ。

 研修は、ボディケア、リフレクソロジーおのおの1種目につき2週間ずつが割り当てられる。
 時間は朝10時〜夕方6時までの8時間(途中、昼食休憩あり)だが、9時半には着替え終わった状態で研修の準備をするため、集合は9時15分。また、その日に教わったことはその日じゅうに消化せねばならず、22時くらいまで居残り補習を行うのが普通らしい。
 また中間実技試験と期末実技試験が1種目につき1回ずつ設けられ、合計4回の試験に合格しないと修了書はもらえない。(そして修了書をもらったあとに5日間だけインターン専用の店舗で働く。それが終わってから、やっと配属店舗で勤務できるという流れ。)

 面接の際に、担当者に「33日間の研修は本当にハードです。中には人生で一番辛かったという人もいます」と言われたけれど、実際のところ想像以上にハードな予感がする。
 しかし、そんなハードな研修についてこられない人(つまり4回の試験にストレートに合格できない人)も、独自の方法を使ってフォローアップし、とにかく本人が諦めないかぎりは全員が研修に合格できるシステムになっているようだ。

 オリエンテーションの最後に、研修を1週間ほど経験している先輩方が数人、私たちの前に現れた。
 髪をピンでまとめあげ、化粧っけのほとんどない女性や、インフルエンザ用のマスクを着用した男性などが、スウェットやトレーナー姿で目の前に並んで立つ。年齢の幅は、下は20歳前後から、上は40代後半くらいだが、みんなそろって体育大学か何かの学生さんみたいな雰囲気だ。
 彼らは研修の感想と私たち受講者への励ましの言葉を述べてくれた。その表情は快活で、目がキラキラしていた。充実、という言葉がふいに浮かぶ。彼らの言葉を聞きながら涙ぐんでしまったのは、どうやら私だけではないようだった。

 さて、翌日からいよいよリフレクソロジーの研修が始まるのだが、この「リフレクソロジー」、受けたことのない人にとっては「?」だと思うので、簡単に説明しておきます。
 リフレクソロジーは、「reflex(反射)」+「logy(学問)」で「反射学」という意味があり、足裏などにある臓器や器官の反射区を指で刺激することにより、血液やリンパの流れをスムーズにし、人間が持っている自然治癒力を本来の状態に戻すことができると考えられています。

 初日は、この足裏の臓器や器官の反射区の筆記テストから始まるということだった。しかも満点を取るまで何度でもテストするらしい。
 オリエンテーションから帰宅した私は、心臓、腎臓、尿管、尿道、......と、裏紙に何度も何度も内蔵や器官の名を書いた。はっきり言って膀胱とか脳下垂体とか脾臓とか膵臓なんて字、生まれて初めて書いたんじゃないか? とか思いながら。
 1時間半くらい集中して、暗記終了。オトナになってからこんな学生みたいな暗記一夜漬けをやるとは、人生は終わってみるまでわからないものだ。

 そういえば、研修を受ける数日前、2カ月ぶりに会った友人が私の顔を見るなり、「あれ? この間よりずいぶん元気そうじゃん」と言った。やることが決まって高揚していたのだろうか。私の近況を興味深そうに聞いていた彼が、思い出したように「マッサージといえばさ」と言った。
 彼によると、5年ほど前だったか、アフガニスタンかどこかの国で拉致された外国人が、マッサージのスキルを持っており、ゲリラたちに毎日マッサージをしたところ、生きて解放されたという。
 めちゃめちゃ眉唾っぽいけど、いい話だ。「ホーリーもこれからは拉致られても生きて帰れるよ」と彼が笑うので、私はこれまで以上にワクワクした気持ちになった。技術は、他人を助けるばかりではなく、ときに自らの命も助くのだ。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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