セラピスト1年生

第8回 久しぶりの「クラスメイト」

2010.02.24更新


 翌日からリフレクソロジー研修が始まった。

 クラスメイトは35名ほど。半分はボディケア研修2週間を終えてきた研修生で、もう半分が私と同じ新規の研修生である。つまり前者はクラスメイトでありながら先輩でもあるわけで、研修所内のわからないことはいろいろ教えてもらえる。
 また地方から出てきている人は、研修所の階上にある宿泊施設に泊まることができる。通いで来ている人は10名ほどで、残りはみんなこの研修所の「住人」だった。

 初日は、自己紹介から始まり、その後は教科書を使ってリフレクソロジーの学科と実技をじっくりと学んだ。
 担当講師は30代半ばの女性。観音様のような穏やかな美しい顔つきをしているが、言うことは実に厳しい。「ここは学校ではありません。研修後、プロのセラピストとして雇うために技術を提供する場所です。だから積極的に意欲的に学んでください。受け身では意味がありませんし、何も得られません。あなた方から質問してこないかぎり、私たち講師は理解したものとして先に進みます」ということを何回も言われる。

 2日目は「お客様ご案内→リフレクソロジー20分コース→お見送り」の一連の流れを学ぶ。すでに接客と施術を一緒にスムーズにこなさなくてはいけない段階だ。これが簡単なようで簡単ではない。

 まずご案内&お見送りではお客様に対してさまざまな確認事項や案内がある。それをとびきりの笑顔で、キレイな言葉ですらすらと言えるようにならなくてはいけない。
 研修生同士でお客様役とセラピスト役に分かれて練習をしたとき、「これは何かに似ている!」と思った。「いらっしゃいませ、こんにちは」「初めてのご来店ですか?」「恐れ入りますが携帯電話はマナーモードに設定のうえ、店内での通話はご遠慮くださいませ」などの決め台詞があり、お客様に対する自分の立ち位置や目線の置き方があり、受付から更衣室、ベッドやリクライナーへ案内するフリや動きがある。
 そう、芝居の稽古である。
 昔劇団員だった母親の強い意向で、大学卒業後に1年間だけ芝居の勉強をしたことがあるが、私は本当にこの「芝居」というものに没頭できなかった。演技を誰かに見られているのがたまらなく厭だったのだ。自意識過剰もいいところである。
 だから、この「セラピスト役」にもそうとう苦労した。笑顔がこわばり、手から汗が噴き出し、台詞を噛みまくった。あとあとまで担当講師に「あなたはなぜ普段の自分をそのまま出せないの?」と言われる始末だった。
 
 そして、同時にリフレクソロジーの実技も習得しなくてはならない。足裏反射区を刺激するためのさまざまな手の形を覚え、力加減、流れを意識し、しかも時間通りに終えねばならない。

 オリエンテーションで、地方から研修に参加した主婦を取材した番組を見せてもらったのだが、彼女が宿泊施設のベッドにノートを広げ、「学生時代だってこんなに勉強しなかった・・・」とつぶやくシーンがあった。
 そのとき「本当に大変そうだなあ」とちらりと思ったけれど、この台詞がまさか自分のものになるとは! という感じである。学生時代の部活や受験勉強やアルバイトや、編集者時代の徹夜の日々や、ロンドン語学留学時代を足したとしても、この大変さには敵わない。気力と、体力と、記憶力を総動員しても間に合わない。一日一日の時間の大切さが身にしみた。

 そんな大変さを共有し、理解し、励ましてくれるのは、他ならぬクラスメイトである。

 3日目くらいだったか、ずっと一人で行動していた私に声をかけてきてくれたのは、大阪出身のキョウコさんだった。私と同じ新規の研修生であり、たぶん5歳くらい年上で、中学生と小学生の子どもがいるという。
 彼女は誰かのリフレクソロジーを受けるたびに、ここが違う、ここが弱いなどと鋭い指摘をしながら「人のことだとよくわかんねんなー」と笑い、相手が上達すると「あー! リフレの神さまが降りてきたんちゃうん?」と励ましていた。
 みんなが私を「堀さん」と呼ぶなか、「かおりん」というニックネームをつけて、他のクラスメイトの輪の中に誘い込んでくれたのも彼女だった。

 ある日の夕方、中華料理屋のカウンターで五目チャーハンとタンタン麺を食べながら、キョウコさんが語ってくれた研修生活の話は忘れられない。

「初めて研修所の部屋に入ったとき、あまりのショックに帰ろうかと思ってん。狭い部屋に二段ベッドが敷き詰められて、タコ部屋とはこのことか!って感じやってな。窮屈やし、プライバシーはないし、ベッドはカラフルなイルミネーションで飾りつけられとるし」
「イルミネーション?」
「うん、洗濯したブラジャーとかパンティーとかがベッドからたくさん下がっててん」
「ハハハ」
「しかも洗濯は、みんなが洗濯物をネットに入れて、一斉に洗わないとアカンねん。ま、それはなんとか我慢できる。でも、食事も化粧も何もかもする場所で、自分の下着やらTシャツやらを干したら臭いがつくやんか。それがどうしても我慢できんで、コインランドリーの場所を交番で聞いたら、一番近くてタクシー1メーターの距離って言われてんな。で、仕方なしにタクシーつかまえて行ったら、どうなってたと思う? 駐車場になっとってん!」
「アハハハ。それでどうしたんですか。諦めて部屋に干しました?」
「諦めるわけないがな。大阪のオカンに「頼むでー」って、宅配で洗濯物送ったわ」

 まさに「大阪のオバチャン」、苦労や大変さを豪快な笑いで乗り切るその精神に、私は幾度となく励まされた。
 しかし、残念ながら彼女との交流はたった1週間で終わってしまったのだ・・・。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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