セラピスト1年生

第11回 愛しい日々

2010.03.17更新

 いよいよリフレクソロジー最終実技試験当日を迎えた。

 試験前にメッセージつきのキットカットを持った1期下の研修生が教室になだれこんできて、「頑張ってくださいね!」「きっと大丈夫です!」と渡してくれた。
 私はキョウコさんや、前日お客様役を担当してくれた女の子や、ほかにも数人から計6個ほどもらった。験(げん)担ぎに1つくらい食べたかったが、そのあとでもう一度歯磨きしなきゃいけないのでやめた。クラスメイトたちもみんな自分のバッグにしまっていた。

 午前10時半、25人が前半後半の2班に分かれ、試験が始まった。
 お客様役は1期下の研修生が行う。クラスメイトではない分、緊張するけれど、そのぶん本当のお客様相手に接客、施術するのだと思ってできないこともない。
 採点するのは担当講師ではなく、当日まで話したこともない他のクラスの先生だった。

 試験自体はあっという間だった。終わったあとは誰もがすっきりとした顔をしていて、悔し涙などを流している人はどこにもいなかった。
 結果発表まで2時間ほどあるので、ここ数日で仲良くなったユウコさんと一緒に近所の「てんや」で昼ご飯を食べた。試験が終わったお祝いだと奮発して、ふたりとも海老天丼を選んだ。
 長い髪をキレイにオダンゴにまとめて、ゆっくり丁寧に話すユウコさんは、福井県の出身だ。前日私を泊めてくれた友人が福井県出身で私自身が石川県出身ということもあり、もともと一方的に親しみを感じていたのだが、このとき同い年ということがわかり、一気にうちとけた。
 試験についてはお互い「出来はまあまあかな」という感じだった。「でも精一杯やったから、これで落ちて1週間追加でもいいわー」と彼女が笑った。私も同じ気持ちだった。

 研修所に戻ってから、ユウコさんは「少し休む」と言って自分の部屋に戻った。まだ45分ほどあったので、私は自分と同じく通いで来ているタカハシくんと近くのカフェでお茶をした。

 タカハシくんはボディケアのセラピストとしてすでに系列店で働いている。今回はリフレクソロジーを学びに研修にきていた。右腕が過去の交通事故であまり上手に使えないので、リフレクソロジーも出来ない手技などがいくつかあったが、それをいろいろ工夫し、克服して、試験に臨んでいた。
 彼は「リフレクソロジーは僕にはあまりおもしろくなかったな」と苦笑いしていた。そして「ボディケアはやればやるほどおもしろくなるよ」と言った。
「最初は研修で教えられたコースを順番にやるだけなんだけど、当然、同じ体ってひとつもないから、個別の症状や体の疲れに合わせていろいろメニューを組み立てなきゃならない。それができるようになると、自分も楽しいし、当然お客様にも気に入られて、指名されるようになるんだよね」
「それまでにどれくらいの人を触ったの?」と私は尋ねた。
「そうだなあ、3カ月は最低でもかかるかな。というか、300人くらい施術してから、やっとちょっとわかってくる感じかな」
 300人で「やっとちょっと」か。道のりは長い。でも「数」は重要だろうなと思った。それがサロンで働く一番のメリットだろう、独学で短期間に300人はとても触れない。

 16時、教室に戻ると、ボディケアやタイ古式など他のクラスの生徒も集まっていた。総勢100人はいたのではないだろうか。クラスごとに一列に体育座りをして待っていると、講師が次々と入って来た。
 挨拶をし、すぐにボディケアクラスから合格発表。担当講師が合格した人だけ名前を読み上げていく。ウワーッという歓声がわき、同時に「おめでとー!」「よかったねー!」という声があがり、そのあとハグという光景が火山の噴火みたいにあちこちで起きる。
 そして私のクラスの番となった。クラスメイトたちの名前が次々と呼ばれ、とうとう私の名前も呼ばれた。あまりにもするりと呼ばれたので、一瞬自分の名前とは思えずに「はい!」という返事が遅れたくらいだ。背中がわにいたクラスメイトが「おめでとう!」と後ろから抱きしめてくれた。
 
 そして我らが観音様は最後に言った。
「以上、リフレクソロジーコース、全員合格です!」
 ウォォォォォー!!!!! まるで雄叫びのような歓声が起き、私たちはまさに狂喜乱舞といった体(てい)で互いをハグしあった。嬉し涙がそこら中でこぼれていた。観音様は「しー! しー!」と口に人差し指をあてていたが、その顔はとても嬉しそうだった。

 その夜、研修所の近所の白木屋で合格祝いをした。タカハシくんは翌日からすぐに店舗で働くので参加できなかったが、ほかは全員出席した。
 
 まだ研修の半分も到達していないが、ひとつの種目を合格しただけでも自信がちょこっと持てて、また新しいことにチャレンジできる感覚がある。
 今日という日を迎えてみれば、泣いた日々も、歯を食いしばった日々も、愛しいものだなあと思った。そんなわけで2週間ぶりのお酒は、一口一口がただならぬ美味しさだった。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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