セラピスト1年生

第13回 50代のチャレンジャー

2010.04.07更新

 3日目までに足と腰、背中の施術を習った。
 ほとんど素人の自分でも、習った施術を補習時間にクラスメイトの体を借りて丁寧に行うと、気持ちいいらしくて寝てしまう。まあ、みんな慢性的な睡眠不足なので、当たり前と言えば当たり前なのだが、相手が寝るのは単純に嬉しかった。

 と同時に、このころあたりから親指の痛みが激しくなってきた。
 「指作り」といって、親指の腹を寝せて、指を立てたとき、第一関節が外側にクッと出ないと将来指を壊すらしいので、その練習もしている。
 担当講師は「指立て伏せ毎日100回しなさい」と言う。腹筋100回(バトミントン部)、ハノン30分(ピアノ)、企画100本(編集者成り立て)と、「基礎」の作り方はなんでも同じだなとしみじみ思う。

 5日授業のあと、2日続けて「休日」という名の補習日。
 研修所は2日間とも12時~20時までオープンで、参加は自由だが、6日目には中間実技試験があり、ボディケア40分コース(全身)、20分コース(上半身/下半身)、フェイスセラピー15分&30分コースがすべてできないといけないので、ほとんどの研修生は研修所に行く。
 もちろん私も行こうと思って目覚ましを10時にセットしておいたのだが、起きたら全身筋肉痛で、体力気力ともに限界だった。
 毎日7時起きで夜22時まで研修所にいると、限界はあまり感じない。
 しかしそのリズムが断たれたとき、つまりたった1日、10時に起きただけで、体が弛緩して「今日はいいよ、一回休もう」と言いだすのがわかる。結局この日は武蔵小山温泉に行き、岩盤浴30分と温泉で体を癒した。

 ところでなぜ研修が始まってから「マッサージ」という言葉を使わず「ボディケア」という言葉を使っているのかお問い合わせがあったので、簡単にご説明を。
 私自身もオリエンテーションで初めて知ったのだが、「マッサージ」という言葉を使ってよいのは、国家資格を持ったマッサージ師の方々だけなのだ。
 私が研修を受けている会社は民間資格であり、「治療」ではなく「リラクゼーション」を目的としたサービスを提供する。だから「マッサージ」ではなく「ボディケア」、「治療」ではなく「施術」、「マッサージ師」ではなく「セラピスト」という言葉を使う。
 ということは、これまで気軽に言葉にしていた「アロマセラピーマッサージ」も、正しくは「アロマトリートメント」とか「アロマケア」という言葉を使わないといけないのだろう。

 さて6日目にはボディケア中間実技試験があった。ギリギリの成績だったが無事に合格。残すは1週間後の最終実技試験に向けて、がんばるのみ! ・・・なのだが、やはりここに来て、体力と気力の限界も近く、7日目の授業は集中力をキープするのが難しく、お客様(役)の体にかけるバスタオルすらまともに扱えないほどだった。

 それに比べ、10代後半から20代のコたちはやっぱり体力があるなーとほとほと感心してしまう。それに体の反応が早いというか、教えられたことを素直に体で再現できるのが若い人ほどうまい。これは反射神経の違いなのだろうか?
 ま、オトナ(30代~)はオトナ同士、「若いコにはまだない経験値が今後の接客に生きるわよね〜」と互いを慰めたりしているのだが、それにしても覚えが早いのはうらやましいなと思う。

 クラスの出入りは、リフレクソロジーより激しかった。
 毎日授業後に「辛い〜」「できない〜」と泣き、周りの同情を引いていた(が、いっこうに練習しない)アイドルみたいなカワイイ顔した23歳女子は、中間実技試験で1つ下のクラスに落とされたのに怒り狂い、翌日に帰郷してしまった。
その日に1つ上のクラスから合流した4人は、ほとんどが40代後半から50代前半の奥様たちで、頼りがいのあるクラスメイトとなった。
 
 ある日、そのうちのひとりがお客様となり、フェイスセラピーを行った。
 フェイスセラピーは、ベッドに仰向けになったお客様の顔にタオルをかけ、お客様の頭側に向って膝立ちして行う。施術中は会話をしてもよくて、私はこのとき彼女が観光ガイドや医療事務などを経て、いまは小さな化粧品の卸の会社社長をされていることを知った。
 ビックリした私は「なぜ社長業をいっときストップしてまで、ここに学びにきたのですか?」と尋ねた。彼女は言った。
 「新しいことをやらないと、何もかもが停滞するからよ。日々がルーティンになってしまうのが私はつまらないと思うタチなの」

 ああ、ここにもチャレンジャーがいるんだなあ、と私は感動してしまった。年齢なんて本当に関係ない。要は「やってみるか」と腰をあげて、行動に移すことなのだ。
 
 数日後の期末実技試験に無事に合格した彼女は、その夜の打ち上げで、それまでの眉毛だけ描いた顔と上下スウェットからは想像もつかないほどの、短いミニのワンピースとブーツ姿に気合いの入った化粧をして、自分の娘より若いコたちに「ミカリン」と呼ばれていた。ホント、つくづくカッコいい人だった。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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