セラピスト1年生

第14回 子犬なふたり

2010.04.21更新

 ボディケアの研修中に、仲良くなった女の子と男の子がいる。リフレクロジーのときから一緒のクラスメイト、北海道出身の18歳シイちゃんと、広島出身の20歳ワンちゃんだ。
 シイちゃんはシオリという名字で、自分で自分のことも「シイ」と呼ぶ。
 ワンちゃんは立派な名前があるのだけど、研修が始まって数日後、シイちゃんが彼に「なんか捨てられた子犬みたいだねー」と言って、それでニックネームが「ワンちゃん」になってしまったのだ。

 シイちゃんはリフレクソロジーのクラスのときから私を気にかけてくれて、キョウコさんが私を「カオリン」と呼ぶようになると、すぐに同じように私を呼んだ。
 私の具合が悪くて調子の出ない夜には「カオリン、今日は帰ったほうがいいよ。明日一緒に頑張ろう」などと言ってくれた。
 20歳も下、つまりほぼ娘のような年齢の女の子に同列扱いされるのは、なんだか悪い気がしないのだった。

 ワンちゃんは最初のころはインフルエンザ対策のマスクを必ずつけていて、表情が読めないばかりか、本当にシャイで、授業で「2人組を組んでください」という指示があっても、最後までぽつんと一人でいるような男の子だった。
 でも必ず朝一番か二番に研修所に来て、壁に寄りかかりながらテキストを開いている、真面目な好青年だった。

 年齢も近いし、相性がよかったのだろう、シイちゃんとワンちゃんはだんだんと仲良くなった。そして、なぜだか私とも仲良くなった。
 
 さていよいよボディケア2週間の研修も終わりに近づき、最終日に担当講師ふたりに渡すプレゼントを用意する時期となった。
 班長の私がクラスメイト全員から300円ずつ集め、授業のあとに買いに行くことに。しかし講師は研修生から2週間ごとに小型のマッサージ機やら職員室用のスリッパやらクッションなどをもらっているわけで、何をあげれば喜んでくれるのかさっぱり見当がつかない。
 でも担当講師たちになついていた(からかっていた)シイちゃんなら、彼らの欲しいものがわかるかもしれない。買い物に一緒に行ってほしいと頼むと、シイちゃんは「ワンちゃんも誘っていい?」と言った。

 私たちは19時半まで居残り練習をし、3人で品川駅のアトレに行った。でもお目当てのものが売っている店がなかったので、翌日あらためて恵比寿駅のアトレに行った。そしてソニープラザや無印良品や雑貨屋を回り、買い物を終えた。
 いつの間にかシイちゃんとワンちゃんの手はつながれていた。
 
 彼らは地方から来ているので、おのおの女子専用研修所と男子専用研修所に泊まっている。外泊は連絡すれば許されており、その日の宿泊料金は払わないでよいシステムだ。
 シイちゃんは前日に「明日カオリンちに泊まりたい!」と言っていたので、そのつもりでいたが、恵比寿で買い物を終えると彼女はワンちゃんの袖を引っ張りながら「ワンちゃんも泊まろうよー」と言い出した。
 ワンちゃんはギョッとして私たちの顔を見たけれど、地方や海外から友人が老若男女問わず泊まりにくることに慣れている私は、「そうだよ、今日はうちに泊まりなよ」と彼を誘った。

 私は二人を連れて、家の近所の小料理屋に行った。
 店のママは70歳で、この店を30年続けている。カウンターに並んだきんぴらや含め煮やポテトサラダやごま和えが、どれをとっても美味しい。
 私とワンちゃんは焼酎のお湯割を、シイちゃんはオレンジジュースを頼んで、とりあえず3週間半研修を続けられたことに乾杯した。

 間もなくシイちゃんはオレンジジュースのくせに酔っぱらったみたいに興奮して「初めて東京に来たときは、空が狭くて、空気が汚くて、死ぬかと思った! すごく帰りたかった。でも同じ東京でも、ここはいいところだね!」と言った。
 「ここは、って、ここは飲み屋だよ」と私が笑うと、「うん。でも電車降りたときにもうわかった。ここは素敵な町だ。ここに住みたい」と言う。
 「私の部屋の隣があいているから、越しておいでよ」
 「ホントに!? 家賃いくら? 高い?」
 「北海道よりはずっと高いと思うよ。いくらだったら払えるの?」
 「うーん・・・、1万円?」
 これには爆笑した。1万円の家賃じゃあ共同トイレもないようなところしかないよ、と言うと、「じゃあシイには無理だー」と彼女は泣き顔を浮かべた。

 シイちゃんがトイレに行くと、ワンちゃんが以前彼女から聞いた話を話してくれた。
 オリエンテーションを終えて研修所の宿泊施設に来たとき、シイちゃんは部屋を見て愕然とし、外階段で母親に電話して「帰りたい」と言ったらしい。母親が「それ見なさい。そんな厳しい環境、あなたに耐えられるわけがない」と言うので、「やっぱり帰らない!」と電話を切ったそうだ。
 「ハタチの男のオレでもきついんで、シイはけっこう頑張ってると思います」とワンちゃんは言った。

 確かに、家族から離れて暮らしたことのない18歳の女の子には、この最短5週間の研修は過酷かもしれないなと思った。でも、その時間は、北海道で何の気なしに過ごす時間とは違う。確実に彼女は成長するだろう。彼女が帰郷したとき、家族がビックリするくらいには。

 店には一人だけ年配の女性客がいて、私たちの話を聞くともなしに聞いていた。そしてお勘定の際に、私たちに向かって「若いって素晴らしいわねー!」と言った。ふたりは照れ笑いを浮かべた。
 
 帰宅後、私はまず風呂を入れた。
 研修所はシャワーだけなので、ふたりは久しぶりの温かい湯船に感激していた。それから研修所では飲酒も禁止なので、ワンちゃんは風呂上がりのビールに感動していた。
 まだまだ話足りない気持ちはあったけれど、翌朝も9時15分には研修所に着かねばならない。
 リビングに布団を敷くと、ワンちゃんが手伝ってくれた。そして私とシイちゃんがベッドで寝て、ワンちゃんが布団で寝た。
 ふたりの寝息を聞きながら、私はなんだか幸せだった。やんちゃでカワイイ子犬みたいなふたりの、母犬の気分だった。


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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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