セラピスト1年生

第15回 不穏な前夜

2010.06.02更新

 ボディケア最終実技試験が終わった。

 第11回「愛しい日々」に書いてある一日――つまり2班に分かれ、10時半より試験があり、16時に合格発表があり、夜に近所の居酒屋で合格祝いをする――を丁寧になぞるような一日だった。
 1つだけ違うことがあるとするなら、合格発表後に翌々日から5日間続く店舗研修のための事前準備が17時から2時間あったこと。(ちなみにまたもや全員合格! この期は総勢100名のうちひとりも不合格が出なかったのだが、そんなことは半年ぶりだったらしく、講師に褒められた。)

 店舗研修とは、基本的にリフレクソロジーとボディケアの2つの課程を修了した研修生が、実際の店舗で働く前にホンモノのお客様を相手に施術と接客を行う、いわゆるインターン実習みたいなものだ。
 店を構成するのは、私が班長をしていたクラスからリフレ→ボディの順で修了した15名ほどの研修生と、同時期にボディ→リフレの順で修了した15名ほどの研修生。要するに私たちは同じ日にオリエンテーションを受け、翌日からそれぞれリフレとボディのクラスに分かれ、2つの課程を修了して、また合体したというわけである。

 私たちは受け取った制服を着て、自分の名前が書かれたネームプレートを左胸につけた。4週間の研修で4キロ痩せたから、パンツがだぶだぶになっていた。
「制服」なんて、2003年10月、ロンドン遊学から戻ってすぐにバイトした赤坂のしゃぶしゃぶ屋の「着物」以来だ。
 制服には2つの効用がある。1つは他人から何をする人か見た目ですぐ判断できるというもの。もう1つが、着た人間が自動的に何かをする人に変身できるというもの。
 私は心の中で「へーんしん!」と言って鏡の前に立った。でもまださすがに優秀なセラピストというにはほど遠かった。

 それから私たちは研修所から徒歩5分の、駅前にあるインターン実習が行われる店舗に集まった。12月初旬の肌寒い日で、制服の上に唯一着用が許されている黒のカーディガンを用意していなかった私は、店に入るまで寒くて震えた。いや、武者震いだったかもしれない。
 店にはリフレクソロジー用のリクライナーが5台と、施術用ベッドが5台、それにタイ古式マッサージのできるスペースが1つあった。それぞれ薄い白のカーテンでしきられていた。比較的新しい店舗なので何もかもがキレイで、ワクワクした。
 ここで私たちは、30代前半とおぼしき女性講師、小柄で切れ長の一重が印象的な、新しい鬼軍曹と出会うことになる。
 2時間の事前準備で、私たちはお客様を実際に施術・接客する心得をあらためて学びなおし、次に実際の動き、リクライナーやらベッドのセッティング、お客様用の着替えやタオルの扱い(どの引き出しに何が入っていて、ランドリーボックスはどこかなど)、ハーブティの淹れ方、出し方、朝と夜の掃除の仕方、そして肝心要の予約表の書き方とレジについて一通り教わった。
 終わったころには心身ともにへとへとだった。

 19時過ぎ、研修所に戻った。
 着替えたらすぐにでも祝いの席に向かいたかったのだが、私たちには大事な決めごとがあった。5日間のインターン実習中の店用に、班長と副班長を選出せねばいけなかったのである。
 とはいっても、新しい誰かがそんなポジションをやりたがるわけがない。必然的にリフレ→ボディ修了(通称「ボディあがり」)の班長と、ボディ→リフレ修了(通称「リフレあがり」)の班長が、それぞれインターン用店舗の班長と副班長になるだけの話である。

 車座になった約30名は、そこまでを確認し、ボディあがりの班長である私と、リフレあがりの班長であるスギタさんという22歳の女性を見つめた。
 スギタさんはどうひいき目に見ても元ヤンキーの風体で、よく言えば面倒見のいいざっくばらんな、悪く言ってしまえば口のきき方を知らない女の子だった。
 「ホリさん、どうします?」と彼女は私を見て言った。
 私は「どうしようねえ」と曖昧に答えた。さすがに年齢が上の私に班長をやってくださいという展開になるのかな、と私は思っていた。でもそうはならなかった。彼女がこう言ったのだ。
 「なんか私、前の期から実習生が作成したインターン実習の心得ファイルも受け取ってるんでぇ〜、私が班長やってもいいっすよ」
 私の隣にいたボディあがりの子たちがちょっとざわついた。私も正直ビックリしたけれど、それならそれでとすぐに思い直し、「じゃあ班長お願いしますね」と頭を下げた。
 彼女は班長をやりたいのだ。だったらやりたい人がやればいい。やりたい人がやれば、いい結果を生むだろうし、私はポジションにはこだわりがなかった。副班長として、班長をフォローアップしていけばいい。実りある、よい5日間になればいい。ただそう思っていた。

 しかし、ことはそう簡単には運ばなかった。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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