セラピスト1年生

第17回 一つの賭け

2010.06.30更新

 前日のスギタさんによる反省会は、宿泊所に泊まっている人をメインに、ほとんど全員が参加したらしい。
 しかし内容は、「今日の反省すべき点は何か?」「どうしたら明日はもっとよく動けるのか」という意見の交換ではなく、「私はこう思った」「真剣にやってよ」という班長からの一方的な説教と叱咤(激励はなし)が主だったようだ。それが2時間近く続けば、みんな彼女についていく気も失うし、全員の心がひとつになるなんてことはありえないだろう。
 同期のシイちゃんが「ホントにひどかったんだよ。誰かが意見を言いはじめても、スギタさんがすぐに反論して、やりこめちゃうの。で、誰も口をきけなくなっちゃった。もー、なんでカオリン、昨日いなかったのぉ〜!」と、私の腕に自らの腕をからめてきた。私は「ごめんね」と謝った。

 研修所の着替え部屋に指定されている部屋に戻ると、スギタさんを含む早番のシフトの子たちが反省会をしていた。車座になった彼らはむっつりと黙り込んでいる。私たち遅番もどうやら参加せざるを得ないようだ。
 しかし、輪に入ろうとした瞬間、スギタさんの後ろにある白板を見てギョッとしてしまった。そこには「班長のホンネ」というタイトルが掲げられ、一行目には「正直、疲れました」とある。そして続けて「みんながぜんぜん動けなくて、私だけが講師に怒られる。班長なんてやってられない」というようなことが書かれていたのだ。
 これは本当にマズイなと感じた。

 私たちはまずこれまでの1時間どんな話し合いがされたか、スギタさんの説明を聞いた。
 そこでも彼女は「みんなにこういう場合はどうしたらいいかとか、次は何をすればいいかとか訊かれるけど、私だってみんなと同じ研修生であって、どうしたらいいかなんてわからない。そんなの自分で考えてほしい。私はみんなの愚痴の掃除機じゃない」と言った。
 私は副班長であり、彼らの中でもわりと年長であるという立場を利用して、いくつかの問題点の具体的な改善策を提案、みんなの了解を取り付けつつ、反省会というには名ばかりの不毛なミーティングを終わらせようとした。それでも終わったのは1時間近く経ってからのことだった。

 彼らの9割は地方出身で、この研修所内の宿泊施設に宿泊している。自分の家に帰るのはその時点で私ひとりだった。
 1階に降りると、職員室から鬼軍曹が出て来た。彼女は驚いて「やだ、まだいたの?」と言った。
 私は頷いてから、昨日休んだことの詫びをもう一度言い、それから2日間のスギタさんの様子を尋ねた。鬼軍曹は「根は真面目ですごくいい子なんだけど、若いんだよね。すごくイライラしてる。班としてはまとまりがなくてちょっと心配よ。あと3日しかないけど大丈夫なの?」と言う。
 私は「ちょっとスギタさんと個人的に話してみます」と言った。

 帰宅途中、私は策を練った。家に着くのは0時過ぎ。そんな時間に電話するのも気が引けるし、だいたいもう疲れて寝ているかもしれない。だったらメールを書くしかない。
 帰宅して、私はパソコンを開いた。
 まずは終礼での内容から。鬼軍曹からの言葉と(「笑顔! とにかく笑顔!」「レジ周りのシステムなどは互いに教え合おう」「『お願いします』だけではなく『ありがとう』も言おう」、「アイコンタクトをよく取るように」などなど)、本日の売上報告やお客様人数、お客様に書いていただいたアンケートの言葉、そして15分だけ行った遅番だけの反省会で出た反省点を箇条書きにした。

 そしてここからが本番だ。私は「これは38歳のオバサンからの叱咤激励だと思って、読んでください」という切り出し方で始めた。
 まずは彼女が真剣に、情熱を傾けて、班長という仕事に取り組んでいること、そして実際に仕事が正確であることを認めた。
 しかし、と私は続けた。班長自身が率先して笑顔でいないと、みんなも笑顔が作れなくなること。自分ができることを相手ができないときは、叱ったり八つ当たりするのではなく、手本を見せたり教えてあげたらいいということ。上目線でモノを言われると萎縮する人は萎縮するし、反感を持つ人は反感を持つということ。「疲れた」「やってられない」などと言うくらいなら最初から班長になるべきじゃないこと。「私は周りの愚痴の掃除機」なんて言葉を言うべきではないこと。一日遅れの参加のくせに偉そうで申し訳ないけれども、先生に怒られるのは半分引き受けるし、あなたの相談や愚痴は私が聞くということ・・・。

 言葉を選んでいたので、書き上げるのに1時間かかった。自分の携帯電話に転送し(パソコンから送ってエラーになる場合もあるので)、そこから彼女の携帯電話のアドレスに送った。
「これで明日本格的な戦争になるか、平和が取り戻せるかは、賭だな」と思ったけれど、彼女の暴走を止めるにはこれしかないだろう。
 たぶん彼女は本当に一生懸命なだけなのだ。班長なんて怒られ損だとイライラしているだけなのだ。自らが味方を敵に回していることに気がつかないだけなのだ。そう、経験値が少ないだけなのだ。だってまだ22歳なのだから。

 さて翌日も遅番で出勤した私。バックヤードに入ると、スギタさんが寄ってきた。彼女は「ちょっといいですか」と言った。正直ドキドキした。
 私たちはふたりきりで話せる従業員トイレに移動した。彼女はそこでいきなりぺこりと頭を下げた。
「メール読みました。すみませんでした。本当に反省しました。これからいろいろと相談させてください!」
 その声が少し震えていた。本気でそう言っているのがわかった。きっと私に開口一番何を言うか、朝からずっと考えていたのだろう。私は心からホッとしながら、「私もキツくてごめんね。一緒に頑張ろうね」と言った。

 その日は前日までの2日間がウソのように、スタッフ同士の交流がスムーズとなった。スギタさんがみんなに対して丁寧語を使い、苛ついたり怒鳴ったり八つ当たりしたりしなくなった結果だった。
 悪い雰囲気がすぐに伝染するように、いい雰囲気だってすぐに伝染する。店がそんな雰囲気だと、人も呼ぶに違いない。お客様はひっきりなしにやってきた。

 その夜も宿泊所に戻って着替え、今日やったレジ閉めについてわかりやすくレポートをまとめた。明日から2日間遅番となるスギタさんに渡すためだ。
 同期が大勢宿泊している部屋のテーブルで書いていると、シイちゃんがやってきて「カオリン! スギタさんになんかしたでしょ!?」とニヤニヤしながら訊いた。
 私は自分の携帯電話に残っていた彼女宛のメールをこっそり見せた。シイちゃんは「カオリン、すごい!」と私に抱きついた。

 レポートを書き終えると22時半だった。シイちゃんが「ベッドが一つあいているから、今日こっそり泊まっちゃいなよ」と言った。本来なら講師に事前に話して、宿泊料1泊1000円を払わねばいけない。泊まるのは規則違反だ。でも、泊めさせてもらうことにした。
 それから同期の兵庫県のモトコちゃんが近くの銭湯に行くというので、一緒に行った。
 古い銭湯で、番台には60代くらいのオバサンが座っていた。私が「タオルもお願いします」と言うと、オバサンがガラスケースの上の段のオレンジ色のタオルを指差して「230円」と言った。私が「じゃあそれで」とお金を出そうとすると、モトコちゃんが「え、こっちのはいくら?」と少し薄めのタオルを指差した。オバサンが苦笑いしながら「170円」と言った。モトコちゃんが「あー、高いの勧めてる!」と笑った。私も笑った。そして230円のタオルを買った。

 研修所に戻り、ベッドに潜った。そしてあらためてスギタさんのことを考えた。
 シイちゃんは「カオリン、すごい!」と言ってくれたけれど、本当にすごいのは、あのようなメールをもらって、クサることなく、心から反省し、自分の態度をがらりと変えることのできたスギタさんだろう。
 私は彼女が本当に将来、店長クラスになるかもしれないなあとぼんやり思った。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

バックナンバー