セラピスト1年生

第18回 思い出すのはきっと

2010.07.14更新

 5日間のインターン店舗研修も、残る2日となった。
 4日目は、店始まって以来の「来客数歴代1位」&「売上歴代2位」の記録を上げ(とはいえ、このインターン研修用の店ができて1年にも満たないのだが)、私は早番だったので見られなかったが、遅番曰く、鬼軍曹は終礼で記録更新の報告をしながら「黒い涙を流した」そうだ。それはぜひ見てみたかった、と早番はみんなで残念がった。

 いつもこめかみに怒りマークが入っているようなこの鬼軍曹だが、3日目の終礼だったか、自分が最初に勤めた店舗でどのような扱いを受けたかを話してくれたことがあった。

 その店にとって自分は久々の新人だったらしく、先輩たちは朝「おはようございます!」と挨拶をしても、帰りに「お疲れさまでした!」と頭を下げても、一言も返事をしてくれなかったという。そして、いま(鬼)指導教官として私たちの前にいる彼女からは想像もつかないが、当時の彼女はミスが多く、施術や接客も下手で、毎日のように先輩たちに怒られていたのだそうだ。「正直、何度も辞めようかと思った」らしい。

 しかし、辞めないでいられる理由がひとつだけあった。それは「施術を教えてください」と言えば、先輩たちが居残り練習に付き合ってくれたこと。
 一人前として認めてくれるまでろくに口もきいてもらえない。でも、自分の時間を割いてまで教えることだけはしてくれる。彼女はそこに先輩たちの愛を感じただろうし、日々「なにがなんでも一人前になってやる!」という意気込みを強めた。

 1年後、彼女は指名本数か何かで月間ランキング1位となった。
 ミーティングで表彰されたとき、それまで私的には喋りかけてもらえなかった先輩たちから笑顔で拍手をもらい、店長に「本当に1年よく頑張ったね」と声をかけてもらって、むせび泣いたという。

 私たちは、すでに4週間と数日分の疲れがたまっていて感情移入が激しい時期だったのもあり、この話を涙を流しながら聞いた。
 いまこうして書いていると涙は出てこない。やはりあの研修という時期は、部活動にも似た激しい体育会系のノリがあったのだなあと思う。もちろん、いい意味で。


 さて、最終日の5日目を無事に終え、家に到着したのは22時。
 大急ぎで風呂をキレイに掃除し、自分もシャワーを浴び、部屋をざざっと掃除して、鍋に昆布を1枚入れる。5週間一緒に頑張ってきた同期の4人が今夜泊まりにくるのだ。
 メンツは、第14回「子犬なふたり」にも出てきたシイちゃんとワンちゃん、それから仲良し美人ふたり組である27歳大阪出身のネコちゃん、24歳東京在住のウラちゃん。

 23時半、家の支度がちょうど整ったところで、4人が到着する。
「鍋の材料が足りないから買ってくる」と言うと、ネコちゃんが「カオリン行かんでええわ。シイとワンちゃんで買い物行ってきいや~」と言う。それでふたりに隣町の24時間スーパーまでの地図と買い物メモを渡し、乾杯してから送り出した。

 少しすると、ネコちゃんの携帯に22歳山形県出身のケンタくんからメールが入った。
 彼はインターン店舗研修だけ一緒だった男の子なのだが、どうやらうちの飲み会に参加したいらしい。急いでうちまでの来方を伝える。
 それからネコちゃんとウラちゃんには先に風呂に入ってもらった。入浴剤を入れて、キャンドルを焚いた風呂は、5週間ずっとシャワー生活だったネコちゃんには格別気持ちよいみたいだった。

 しばらくして、少し道に迷いながらもシイちゃんとワンちゃんが帰ってきた。ふたりに「特別ゲスト、ケンタくんが合流するよ」と言うと、シイちゃんが「あー、彼、ネコちゃんのこと結構気に入ってるからね〜」と笑う。
 シイちゃんとワンちゃんの恋も含め、「あんな辛い研修で恋なんて!」と思うかもしれないけど、「あんな辛い研修だからこそ」恋が生まれるんだろう。
 研修が始まったとき、私は近しい友人たちに「ここは竹刀のない戸塚ヨットスクールです(笑)」とメールしたのだけど、そこにいない人にはわからない辛さ、大変さ、きつさを共有するからこそ、男女だったら恋に発展するのかもしれない。

 ストックホルム症候群は「犯罪被害者が、犯人と一時的に時間や場所を共有することによって、過度の同情さらには好意などの特別な依存感情を抱くこと」だけど、こういう場合の恋にもなんか名前はないのかな? と思っていたら、友人から「(恋の)吊り橋理論」じゃないの? と指摘があった。揺れる吊り橋の上で出会った男女は恐怖によるドキドキと恋愛によるドキドキを錯覚して恋に落ちる、というアレです。なるほど、合点がいった。

 ま、そんなわけで鍋の用意も整って、夜中の1時からお祝い開始。ケンタくんも終電ぎりぎり間に合って、2時ちょい前に到着。
 みんな本当は眠くて仕方がないのに、とうぶん逢えなくなるし、研修修了の高揚感もあって話が尽きず、結局4時ごろまで宴は続いた。
 私だけベッドで寝かせてもらい、5人はふとん一式とソファに雑魚寝状態となった。
 電気を消しても、ネコちゃんが2分起きに「眠いのに、寝るって決めたとたん、目が冴えるなあ」「研修、楽しかったなあ」「これ、修学旅行みたいやんなあ」「研修、楽しかったよなあ」といきなり言い出すので、そのたびに爆笑が起きて、なかなか眠ることはできなかった。

 朝、ケンタくんが「10時の新幹線に乗ります」と8時に家を出た。
 その次に、「1期下の期末試験を受けるコたちを励ましに研修所に顔を出すから」と、ネコちゃんとウラちゃんも帰っていった。
 シイちゃんとワンちゃんは10時に起き、おのおの夕方の飛行機と新幹線のチケットの手配をした。それまでの時間、浅草に行きたい、と言うので、行き方をメモしてあげた。
 そして昨日のご飯をふかし、シイちゃんが味噌汁を作り、卵を焼いてくれて、3人で食べた。

 このふたりがうちに泊まったのは3回目。そのたびに家でご飯を食べているのだけど、 シイちゃんが 「なんだか家族みたいだね! カオリン、家族を持ったら、きっとこんな感じだよ」と言うので、思わず泣きそうになった。
 私は北海道と広島に住むこのふたりとは長く付き合うことになるんだろうな、と思った。そして、吊り橋から降りても、ふたりの恋が続くことを願った。

 こうしてみんな自分の住む場所へ帰り、明日明後日からその土地の店舗で働く。
 日常的に連絡を取り合うことはないだろうけど、お客様に上手に施術・接客ができなかったとき、業務で何かミスをやらかしたとき、先輩や店長に注意されたとき、そしてまたお客様に「ありがとう」「気持ちよかったよ」と声をかけられたり、初めての指名をいただいたりしたとき、きっと思い出すのは彼らの顔なんだろう。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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