セラピスト1年生

第19回 芝居はこれから

2010.07.28更新

 5週間の研修が終わって、3日後。私は研修前から決められていた配属店に向かった。
 それは銀座だった。銀座のホステスにはなれなかったが、銀座のセラピストにはなれたのである。

 銀座には痩身、エステ、リフレクソロジー、アロマ、整体、カイロプラクティック、鍼灸、リンパ、タイ古式、台湾式、ロミロミ、バリニーズなどなど、いわゆるマッサージ店やリラクゼーションサロンがたくさんある。たぶん300店舗はくだらないのではないか。駅から店に向かうたった5分だけで2店舗あった。ずいぶん激しい戦場だなと感じた。

 初日のことは実はあまり覚えていない。緊張で頭が真っ白だったのだと思う。
 まず店に着いたら、一度客として来店したときよりも店を小さく感じた。準備前で明かりが暗かったこともあったかもしれない。
「挨拶は笑顔でハキハキと!」という鬼軍曹の言葉を思い出しながら、スタッフが店に入ってくるごとに、挨拶をして回った。誰もが私の緊張を解きほぐすような笑顔で応えてくれた。
 そのうち、スタッフのひとりに店長が来たことを教えられ、飛んでいって挨拶をした。私より10歳は若いであろう店長は、自信に満ちた表情と落ち着いた雰囲気を身にまとっていた。あとでなんとなく年齢を確認していくと、スタッフはほとんど20代だった。私は気にしないけれども、相手が気にすることはあるかもしれないなと思った。

 初日から3日間は、お客様のいない時間帯に施術の確認をしてもらった。店にはカーテンで仕切れる個室があって、そこで先輩を相手に行うのだ。
 最初に行ったのはボディケアの腰や首周りなど、自分でちゃんとできているか不安な部分のみの確認。店長にコツを教わり、体の位置など修正してもらい、ボディケアの20分コースと40分コースはすぐに入っていいという許可をもらった。
 次がリフレクソロジー20分コースで、これは時間配分がまだできていなくて3分ほどオーバーしがちなので、それが課題となったが、こちらも20分コースと40分コースに入る許可はもらえた。
 残る施術は、顔や頭の筋肉を刺激して目の疲れや顔のむくみを解消する「フェイスセラピー」の15分コース&30分コースと、手の反射区を刺激してストレスを和らげる「ハンドリフレクソロジー」の20 分コースと40分コースである。
 これらはもちろん研修中に習ったのだが、いかんせん時間数が少なくて、お客様に行うにはまったく心もとないというのが(私個人だけではなく)新人の常だった。だからこれは納得がいくまで教えてもらおうと思っていた。

 衝撃だったのは、1週間目くらいだったかに店長がしてくれたハンドリフレクソロジーだった。
 まずは私が店長の腕を借りて、20分コースをやってみせた。圧(あつ)が若干弱いことと、施術を行う順番を覚えきれていなくて流れがちょっと止まること以外はOKだと言われた。
 しかし、店長が「では一通りやってみますね」と私をリクライナーに座らせ、オイルを手に取り、私の左手を施術しはじめたとき、私は大きなショックを受けた。

 それは「同じ施術であって同じではない」というショックだった。つまり、施術のレベル差にあまりに大きな隔たりがあったのである。店長の手や指の動きは、まるで音楽を奏でているかのように芸術的だったのだ。
 バレエに譬えるなら私は群舞、店長はプリマ・バレリーナ。
 芝居に譬えて言うのであれば、私は台本を暗記し、どのシーンで舞台に出て、どのシーンで舞台袖に引っ込むかができる役者。店長はというと、台詞や立ち位置などは当然のこと、本日のお客様のタイプやノリに合わせてアドリブまでできちゃう役者といった感じである。(古田新太みたいな。って俳優だけど。)
 同じステージに立って同じ料金をもらうなんて、あまりにおこがましい(店は誰が施術しても同じ料金。ただし指名料を払えば施術してほしいスタッフを選べる)。

 私は研修5週間で「セラピストとして働いてよい」という修了書をもらったわけだが、それは「お客様に触れてよい」レベルであって、「お客様を癒せる」レベルではないということを、店長自らのハンドリフレクソロジーを受けて一発で理解した。
 そして、すでに許可をもらっているボディケアとリフレクソロジーも、同じく「癒し」のレベルにあるというわけではないことを了解した。
 そう、研修の5週間というのは台詞と立ち位置を暗記していた時間であり、芝居がどう面白くなるか、人を感動させられるレベルにまでなるかは、これからなのである。

 私はこの芝居を面白くできるんだろうか・・・。一抹の不安がよぎった。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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