セラピスト1年生

第20回 悦びもつかの間

2010.08.11更新

 12月の銀座はクリスマスの飾り付けがほどこされ、どの店のショーウィンドウもこの年一番の華やかさを競い合っていた。日頃より混雑した街は、颯爽と仕事先へ急ぐ人も、そぞろ歩きを楽しむ人も、買い物目的の人も、誰もが幸せそうだった。毎日がちょっとした祭りのようなものだ。
 私もこのころは新しいことをスタートできたという高揚感が強く、休憩時間に食事ができる店を探して歩いているだけでも心が浮き立った。怒濤のような1年を振り返りつつ、「来年の半ばには本業と副業の両輪をうまく回していけるかな」などと夢見ていた。

 12月10日の初出勤から最初の1カ月を思い出すと、まずはそんな銀座の光景が一番にフラッシュバックする。
 その次に思い出すのが、「労働」という文字だ。つまり肉体労働。

 一昨年、あるプライベートな事情から軽いうつ症状が出て、思いあまって初めて心療内科にかかり、「うつじゃないですけど、眠れないというのであれば」と医師から軽めの睡眠導入剤を処方してもらったことがある。服用すると30分後には完全にブラックアウトするので、それが逆に怖くて、処方された2週間分が過ぎたのちは一度も行かなかった。
 しかしこうしてマッサージを生業に働いてみれば、肉体労働ほど強力な睡眠導入剤はない。寝つくまでに1、2時間あれこれと思案していたのがウソのように、ベッドに入ると3分で寝られるようになった。

 当然ながら、働いたあとの1杯目のビールの味は、まるで長い原稿を書き上げたあとのそれと同じくらい美味だった。ライター業には1、2週間に1度あるかないかの経験だが、肉体労働には毎日それが訪れる。(もちろん毎日は飲まないけれども。)
 この睡眠と最初の1杯は、ここまでハードな肉体労働を生業にしたことがない自分にとっては本当に衝撃だった。私は体を動かして働くということの、シンプルだけども確実な幸せというのを味わっていた。

 その次は、やはり学びのおもしろさだろう。
 なにしろ1週間前にできなかったことが、今日ふとできたりするのである。「あ、これか?」「わ、できた!」と自ら驚くわけだ。
 友人の子どもを見ていて、数日前にできなかったことができるようになっていたりすると、「子どもってすごいなあ。大人はもうあんなふうな激しい成長はしないものなんだなあ」などと感じていたのだが、いやいや、大人もやればわりあいに成長するものである。

 さて、そうは言いつつも、私には本業のライター兼編集を辞めるつもりはひとつもなかった。マッサージはあくまで副業。銀座の店舗で働く以外の日をそれらの打ち合わせや取材にあて、とりあえず当分は休みなしで働くつもりだった。
 でも、実際に店で働いてみると、さまざまな障害が出てきた。

 まず働く前の私には「月23日、シフト制で働く」ということの意味をよく理解できていなかった。飲食店のアルバイトのように出勤の曜日を指定できるわけではなかったのだ。必然、打ち合わせや取材は偶然あいている休日にしかできない。この日程調整に最初は難航した。
・・・いや、正直を言えば、休日には体力がかけらも残っていなかった。
 勤務日は、通勤、着替え、掃除、休憩、勤務時間合わせて一日11時間を拘束される。いくらお客様の施術時間が一日平均3時間程度としても、それ以外に接客したり、あいている時間にはバックヤードで先輩の体を貸してもらって施術を学んだりするわけで、帰宅すれば風呂に入るのが精一杯だし、休日は睡眠を長めに取り、洗濯掃除をして終わるのが関の山だった。

 新しいことを学べる楽しさ、肉体労働の悦びが徐々に落ち着いてくると、私はこの本業を上手にコントロールできない不安と焦燥に駆られるようになってしまった。だんだんと私の表情はイキイキしたものから、そうでないものへと変わっていった。

 そのころに友人から紹介された美容師さんのところに髪を切りにいった。
 彼は私より4つくらい年下の、話題の豊富な楽しい青年だった。二子玉川の大きな美容室で働いて、日に20人近くカットしていたが、数年前に独立し、いまはひとりで小さなサロンをやっている。
 しかも整体も学び、メニューに加えているという。現在も月に5日しかない休みのうちの1日は、実家のある長野県まで師匠に教わりにいっているそうだ。
 私は彼のこれまでの軌跡や実績を聞き出しながら、気持ちが高ぶってしまい、ついには泣いてしまった。彼は私の涙の理由を、まだマッサージがなかなか自分の思うレベルに達しないことだと思ったのだろう、「教えられたものを、すべて自分で壊さないと、次のレベルには行けないですからね〜」と慰めてくれた。

 つまり、私には「本業と副業の両立」には覚悟がなさすぎた。それで結果的には他人に迷惑をかけることになってしまったのだ。

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堀香織(ほり・かおる)

1971年2月、石川県金沢市生まれ。M美大油絵学科を卒業後、某雑誌編集部のアルバイトから、編集者兼インタビュアー兼ライターに。専門は主に映画、音楽、文学。2000年6月に退社、01年10月〜03年10月までロンドン語学留学という名の遊学で日々を無為に過ごす。同年11月よりフリーランスライター/編集者として、雑誌やフリーペーパー、ウェブマガジンなどにインタビュー原稿などを執筆、単行本の構成もてがける。代表作にムック本『Cocco—Forget it, let it go』、平野遼水彩・素描集『疾走する哀しみ』など。趣味は散文書き、読書、家飲み。好きな言葉は「君の道を行け。他人には勝手なことを言わせておけ。――ダンテ『神曲』より」。

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