となりの坊さん。

第6回 「自ら名前を失う」「見えないものがあることを知る」

2010.10.19更新

 今日は、明日行われる「金比羅(こんぴら)さん」の日のために、栄福寺にある小さな金比羅堂を掃除していました。何十年も使われている濃い赤茶色になった杉板を雑巾で拭いていると、水がついたところがさらに濃い赤色を帯びて、いいようもない暖かい気持ちになりました。
 つい先日も、栄福寺の新しい建物に使う床材を、ヒノキにするのかウォールナット(これも綺麗なんですよ)にするか迷った末、やはりヒノキを使うことにしました。熟考した結果だったので、その判断に後悔はなかったのですが、その決心をした後、ごく自然に「ああ、よかったな。栄福寺にヒノキの神様がやってくるな」と考えている自分を発見しました。ウォールナットには、ウォールナットの「神様」がいらっしゃるに決まっている(と思う)のですが、そういう心象はなんだか不思議なものですね。

 いつだったか、ある民族の「神様」について、とても印象的な話を聞いた記憶があります。民俗学の研究者が、フィールドワークのために、その民族の人につきっきりで「現地調査」をしていました。ある時、その民族の人が太陽を見て「神様だ」と言いました。その研究者が、「あなたたちは、太陽を神様としているのですね」と聞くと「それはちがう」と答えました。

「私たちは太陽を神様としているのではなくて、今、この瞬間に流れた私たちと太陽の関係を神様と呼んでいる。だから、太陽が神様というわけではないよ」

 記憶ですので正式な引用ではないのですが、「神」は関係性であり、状況である。という感覚が、僕の中にもしっくりと染み込んでくるようでした。

 金比羅さんは今では、すっかり「日本の神様」という感覚が多くの人にあると思うのですが、元々はガンジス川に棲むワニを神格化したものです。仏教の民間信仰の中で、仏法を守護する存在であるとされ『薬師如来本願経』などに、その功徳が説かれています。栄福寺の縁起では、弘法大師が瀬戸内海の渡航安全を祈願して建立されたお寺ですので、小さいながら「渡海者の守護神」である金比羅堂があるのは、とても頷ける話です。そして、今でもお寺のある「八幡」(この地名も八幡神社があるから)地域から毎年二名の方がしめ縄をもって、輪番でお参りに来られます。

 そういう風習が残っていること自体が、なんだかとてもうれしい気持ちになりますね。また、神様は在野の神様だけでなく、この金比羅さんのように、はるかインドからも「移動」してやってくるのも、おもしろいことだなと思いました。やはり、ウォールナットの神様もいるのでしょうね・・・。ああ、あの濃い色も綺麗なんですよ(また考え始めてしまいました)。ちなみに、チベット仏教の高僧が、仏教について「仏教は穏便な無神論でもある」と言っていたのも、よく憶えています。チベット仏教では、たくさん「地元の神様」が登場してきますが、それでもその僧侶の言いたかったことも、すごく大切な意味を含んでいるように感じています。

 今回は三島さんの「ミシマ社の話」のように、今の僕が「栄福寺」という組織を、また「仏教」という宗教とどのように向き合って、提案していこうとしているかを、書こうとしたのですが、なかなかスラスラとは書き進めることはできませんでした。でも、やはりはっきりしているのは、「ちょっぴり情けなかったり、馬鹿だったり、暴走したりもする僕たちにとって、仏教のすべてを実現することは、とても難しくても、その中にある智慧には、耳を澄ませるに値する何かが含まれるはず。そして、それが僕たちが生きるうえで、いつか死んでいくうえで大切なものになり得ると僕は思う」という大前提の考え方をいつも念頭において、少しずつであっても出来ることを見つけていきたいです。

 最近、ふと「釈尊」(しゃくそん)という名前の呼び方について、ぼんやり考えていました。一般的には「おシャカさん」という呼び方もよくしますよね。
 僕が高野山で仏教を学んでいたときに、お坊さんの先生がこの「名前」について、話してくださったことがありました。「釈迦」(しゃか)という呼び名は、古代インドの「釈迦族」を指す言葉なので、個人を指す言葉としては、しっくりこない。また「ブッダ」という名前も、覚者、悟った人という意味なので、他にも悟った人がいるとしたら、適当とはいえない。王子だった頃のゴータマ・シッダールタ(シッダッタ)という名前は、出家する以前の名前なので、お呼びするのは違和感がある。

 というわけで先生は、「釈迦族の尊者」ということで「釈尊」とお呼びしている、と話されていました。「釈迦牟尼」(しゃかむに)の牟尼は聖人という意味なので、似た意味合いですね。「"名前がない人"をお呼びすることは難しいな」と感じながらも、なにか今でもよく憶えている話です。

1019-1.jpg

『「仏教の神髄」を語る』(中村元、麗澤大学出版会)

 釈尊が自ら名前を捨てたように、仏の教えを生活のヒントにするとしたら、「自ら名前を捨てる」ということは、現実生活の中でも象徴的な意味で大切なことになり得るような気がしています。仏教学者、中村元さんの「我われの欲望は、名前と形態によって表現される存在を各種の感覚器官によって認識することからはじまる」(『「仏教の神髄」を語る』麗澤大学出版会)のような言葉からも、仏教思想の深いところに、僕たちが固定概念の中で、思いこんでいる「名前」から自由に解き放たれることがあるように感じています。

 以前、この連載で「沈黙」ということの大切さを考えてみましたが、「名前」は「言葉」です。そして、「言葉」にならないことが「沈黙」だということができるとしたら、「名前から離れる」ことも、「沈黙」を考えるひとつのとっかかりになりそうです。

 僕たちは、色々なものを名づけています。まず、自分を自らの「名前」で認識し、「風のようなもの」を「風」と断定し、「犬と呼ばれるもの」を「犬!」と迷うことなく、感じます。もちろん、これはスムーズに生活を送るために、とても大切な人間の特性のひとつでもあるのですが、「本来はそのような名前が、僕たちが勝手に呼んでいる"仮のもの"」であることを、しっかりと一方で認識することで、始まることや、新しい認識があるように思います。まだ言葉を話さない子どもを見ていると見飽きません。これは、もちろん母性本能(男の僕にもあるようです)のようなものもあるでしょうが、「名前を名づけない」彼らのふるまいが、僕たちになにか大切なことを「思い出させている」ような気もしてしまいます。

 僕も「白川密成」であることを十分に感じながら同時に、「白川密成なんかじゃない存在」としても自分のことを見つめてみたいと思いました。
 弘法大師の24歳の作、『三教指帰』(さんごうしいき)は、戯曲的文学作品の形をとっていて、作中で儒教と道教と仏教を対比させながらお話が進んでいきます。その中で、仏教を代表する仮名乞児が、このような言葉を発します。

「"公(きみ)は是、何れの州(くに)、何れの県(こほり)、誰が資ぞ"仮名、大きに笑って曰く、"三界は家無し。六趣は不定なり。或るときは天堂を国と為し、或るときは地獄を家と為す。或いは汝の妻孥(せいど)たり、或いは汝の父母たり"」
(弘法大師 空海『三教指帰』)

現代語訳 "あなたはどの州、どの県の人で、誰の子で、誰の弟子ですか?"と。それを聞いて仮名乞児は大笑いしていう、"迷いの三界(欲界・色界・無色界)に一定の家はない。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道の中で固定した所にいない。六道に輪廻する者はある時には天を国とし、またある時は地獄を家として住むこともある。或いはあなたの妻子となり、またあなたの父母ともなる

 この圧倒的なほどの「"私"なるもの」「固定して見えるもの」への"疑いの視点"。これは生活の中で仏教を活かそうとする時、必ず役に立ちそうな側面であると思います。

 『楞伽経』(りょうがきょう)という経典の一節に「蔵識(ぞうしき、人間の根本にある精神)の大海に境界(きょうがい、認識対象)の風が動き、転識(てんじき、はたらいている認識作用)の浪(なみ)が起こる」という一節があります。これは、存在そのものを、僕たちは認識しているのではなく、視覚や感触、香りなどの認識作用があるから、その存在を"それ"として感じているだけ、という考えを僕に想起させる部分ですが、世界観がふっと逆回転するような、ある種の心地よさを感じます。そういった「逆回転運動」って、ずっとではなくても、たまにストレッチのように必要なような気がしています。

「鴉(からす)の目は唯(ただ)腐れたるを看
 狗(いぬ)の心は穢らはしき香に耽る
 人 皆 蘇合を美みするも
 愛縛は蜣蜋(きゃうらう)に似たり」
(弘法大師 空海『遍照発揮性霊集』巻第一)

現代語訳
 鴉(からす)の目は腐ったものだけを眼にし
 犬の心は汚物の臭いに酔いしれる
 人間はみな、蘇合(そごう)の香を好み
 糞ころがしが糞に執着するように束縛されている

 僕たちは、世界にあるものをすべてそのまま、見ているわけではなく、自分たちが見えるものだけを見ていることを、知らなければならないと思います。つまり、見えていないものはあまりに広大なはずです。また、見ている物も、自分の認識作用がそのように感じているにすぎません。弘法大師の言葉に触れていると、むしろ「見たいもの」だけを見ているのかも知れません。そういったある種の「緊張感」は世界に対する"畏敬の念"にも繫がるのではないでしょうか。

 名前があるものを一度、「名前から離れて」思う存分、体感し、自分が「見えている」ものがごく一部で、しかも強力なフィルターやバイアス(偏り)がかかっていることを知る。それは、どこかで本質的な"リラックス"、「ホッとする瞬間」にも関係しているように感じます。

 そんなところにも仏教のアイデアが活かせるような気がしました。


お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

白川密成しらかわ・みっせい

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)がある。

栄福寺ウェブサイト 「山歌う」

ボクは坊さん。

バックナンバー