となりの坊さん。

第9回 中道(ちゅうどう)の机(前編)

2010.12.15更新

 先日、以前はよく一緒に食事をしていた、先輩のお坊さんから電話があり、久しぶりにご飯を食べに行くことになりました。座席につくと料理が次々に運ばれてくるのでコースを頼んでくださったのだろうと思っていました。先輩が食べ始めたので僕も食べ始めると5分ぐらいした後に、先輩が口を開きました。

「白川君、僕、なんにも頼んでないよ・・・」

 僕は、彼が冗談を言われているのだと思い、「また、また!」と気にせず食べていたのですが、「いや、いや、本当に頼んでいないよ・・・。ははははは」と言うので、先輩、なんだか妙に上機嫌だな、とここでも気にせず食べていました。

 すると新しいお客さんが来られて、「コースを頼んでいるのだけど」と店の人に告げました。店の人は、びっくりして僕たちをみます。「ということは、お客様たちは・・・」「はい。頼んでいません! しかし料理がきたので、食べてしまいました」

 頼んでないのに持ってくる店の人も店の人だけど、食べてしまう坊さんたちも、坊さんたちですよね。同じ職業をしている人たちが集まると「職業病」のことなので盛り上がることがありますが、坊さんたちは「いただくこと」そして「来るものは拒まず」の気持ちが多めの人が多いようです。ちなみのこの店では、予約なしのお客さんもお得なコースを頼む人が多いため、食材の準備はふんだんにあり事なきを得ました。

 僕の住んでいるのは今治市の農村地域ですが、車を15分ぐらい走らせて中心街に行くと、今でも小さな専門店がポツリポツリと並ぶ場所があります。用があって、そのあたりを訪れたついでに、かまぼこ屋で買ったまだ温かいジャコ天を買って頬張り、お肉屋自慢の焼き豚を切ってもらい、八百屋のお婆さん特製の「柚の甘露煮」を大きなそろばんでお勘定してもらっていると、得も言われぬうれしい気分になります。

 でも、そこで働いているほとんどの人が結構な年齢の方々でした。「10年後には、この場所はどうなっているんだろう?」そんなことを考えているとさみしい気持ちにもなりますが、今日はとりあえず寺に帰り、お茶を飲みながら甘露煮を堪能しました。

「小さな商店、小さな町工場も、家族労働が中心です。そういうものはなくならないだろうし、そういう"小さいもの"も、やっぱり世の中には必要なんです」
『ぼくらのSEX』(橋本治、集英社)

 考えてみると、日本のお寺もある時期から「家族」の小さな単位で働くことが多くなってきました。それは、日本の仏教の恥部や弱みのように語られることも多いですが(仏教は出家者が家族から離れて生活することが、多くの場合前提になっているため)、宗教的な意味をとりあえずおいておいて(おいておくなという声も聞こえますが)、「小さなサイズの共同体」というものは、今、そういう存在が減少していくなかで、僕たちが考える以上の意味合いが含まれるのかも知れません。「合理的な意味、経済的な意味では、うまく"計測"することのできない、小さな共同体」。"出家"の意味を家族のなかで象徴的に考えていく、そのようなことも必要なのだと感じます。

 誤解をしてほしくはないのですが、僕は「出家」をしない日本のお坊さんのスタイルが「すばらしい」と言いたいのではありません。これから、日本仏教のなかで(かつてあったように)戒律復興運動がおこり、厳密に仏教を修行していこうという流れが起こったとしたら、それは「いいこと」と思います。しかし同時に、家族のなかで、あるいは俗のなかでも「仏教の智慧に触れてみたい」という人たちがいても、それも「いいこと」のように感じています。宗教、お寺の話を越えても、「小さなもの」「皮膚感覚にとってリアルなもの」の大事さ、貴重さ、おもしろさはこれからの時代に増していく傾向があるでしょう。

 それはそうと先ほど引用した『ぼくらのSEX』は、なかなか坊さんが、引用しづらいタイトルであることも否めませんが、となりのページにもしびれる言葉があります。

「"社会"というものは、"変えるべきだ"と思ったら、そう思った人間がまず率先して変えるべきものだし、"他人"と"自分"との関係だって、お互いに影響し合うもの。そうそうかんたんに、"社会が悪い""他人が悪い"なんてことは、言わないほうがいいでしょう。あなただって、十分に"悪い"のかもしれないのだから」
『ぼくらのSEX』(橋本治、集英社)

 ああ、本当にそうだと感じます。ほとんど仏典のような迫力のある言葉です。この「当事者意識」のようなものが、あらゆることに有効のように自戒を込めて思うのです。ひさしぶりに本棚から取り出した本でしたが、じっくり再読してみます。でも寺の寺務所で、お坊さんがこのタイトルの本を読んでたら、お遍路さんはちょっと恐いかも知れないですね。こっそり読むことにします。

 栄福寺には、「演仏堂」(えんぶつどう)という新しい建物の計画があり、そちらもゆっくりと進んでいるのですが、「応接間の机」を新調しようという小さなプロジェクトもあります。僕は木が大好きで、わりと近所に国内産の様々な種類(ヒノキ、クスノキ、ケヤキ、クリ・・・)の無垢材、一枚板を大量に置いてる店があるので、それを使って何かできないか考えていました。しかもどこかにアイデアが入ったワクワクする机をつくりたくて、演仏堂の設計者でもある白川在さんに相談することにしました。

第9回となりの坊さん。

©白川在建築設計事務所   (拡大画像

 すると出てきたアイデアはいくつもあったのですが、そのなかのひとつはとてもシンプルなアイデアでした。ひとつは、応接間によく使われるような背の低いローテーブルは部屋のなかで圧迫感が少ないという利点はあるけれど、打ち合わせで文字を書いたりするには、意外と不便なこともある。そして、机の下に足を入れることができないので、お互いにちょっと遠い距離ができる(これは利点でもあるのですが)。

だからといって、一般的なダイニングテーブルのような高さを応接間に持ってくると、ちょっと存在感がありすぎる・・・。そこで考えてくれたのが、ダイニングテーブルとローテーブルのどちらでもない高さに(結果的に中間に)、「お寺の応接間の机」にちょうどいい高さがあるんじゃないだろうか? という提案でした。

 その他にも、カットした時に出る廃材になるような小さな木の切れ端を積み重ねて、「足」をつくることで、一枚板をくり抜いたようなイメージの机はできないか(捨てる材も少なくて済む)、微妙に足を内側に向けることで、「人間の足がつまづきにくい」、結果的にデザイン的に少し動きのある机ができないか、などコロンブスの卵的なアイデアに「なるほどー」と思いました。

第9回となりの坊さん。

©白川在建築設計事務所   (拡大画像

 そして「やってみようよ!」ということになったのですが、「この机になにかいい名前がないかな」という話になりました。僕がそこで思いついたのは、仏教思想の「中道」(ちゅうどう)という言葉でした。「"中道の机"なんてどうだろう?」

(新しい栄福寺の机から思いついた「中道」ってなんでしょう? 続きは後編で!)

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白川密成しらかわ・みっせい

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)がある。

栄福寺ウェブサイト 「山歌う」

ボクは坊さん。

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