となりの坊さん。

第17回 私は身体で読もう―入我我入(にゅうががにゅう)とボブ・ディラン―(前編)

2011.05.18更新

 突然ですが、結婚をしました。突然、というと本当に急に思いついてしたみたいですが、もちろん当事者たちにとっては、じっくり時間をかけて、うーんと、考えたり迷ったりしながら、爆笑などを交えつつ、生活を共にすることにしました。
 高野山のお寺で修行し、高野山大学で勤務していた尼僧さん(女性のお坊さん)と結婚したので、これからはある意味チームでがんばっていこうと思っています。

 彼女と出会ったのは、高野山での密教伝授の会でしたので、まわりの僧侶たちからは、「何を勉強してんだか!」というあたたかい罵倒の声をあびながらも、「まさに弘法大師さまの結んだ縁だね。お大師様も粋なことされるなぁ」という声をかけてくださった奇特な方もおられました。ちなみに初デートは比叡山でした。

 3月21日、弘法大師が入定(にゅうじょう)された日に入籍し、栄福寺が四国霊場57番札所であることにちなんで、5月7日に本堂で仏前結婚式、ホテルで披露宴をしました。

 仏前結婚式では、親戚以外にも、お世話になっているミシマ社三島ご夫妻、東京糸井重里事務所「ほぼ日刊イトイ新聞」の斉藤さん、木下さんも参列くださり、本当に感慨深い式となりました。

「えっ、仏前結婚式? どんなことするの?」

 と思われた方も多いと思います。なにせ貸衣装でお世話になったブライダル衣装屋さんがわざわざ見学に来られたぐらいですから(結婚式撮影業者からの資料映像の申し込みもありました)。

 なにをするかというと、読経をしたり、焼香をしたり(お葬式みたいですね)、散華(さんげ)といって華を模した紙を散じたり、数珠の交換(!)をしたり、誓詞(せいし)という「誓いの言葉」を仏様の前で読み上げたりします。

 ブライダル衣装屋さんは「ぜひ、模擬結婚式などのイベントをお寺でやりたい!」と言っておられました。栄福寺では準備がものすごく大変こともあって一般の結婚式は難しそうですが、こういった「お祝い事」にお寺が関わっていくこと自体は、「いいこと」のように思い、「興味のあるお寺もあるかもしれませんよ」と色々アドバイスをしました。
 おおっぴらに僧侶が結婚をし始めたのは、結構最近になってということもあって、歴史的にも思想的にも突っ込み所満載!という気もしますが、


「世俗的であっても、すぐれた正しい見解をもっているならば、その人は千の生涯を経ても、地獄に堕ちることがない」
(『ウダーナヴァルガ』ー感興のことばー第四章九)


 今日のようなお祝いの日は、こんな仏典の言葉からからちょっぴり勇気を頂いて前を向こうと思います。披露宴では、お世話になっている先輩僧侶兄弟の御詠歌DJセッションなどもあり、はじめて着るタキシードに「動きがおじいちゃんみたいになってるよ」と声をかけられながらも、うれしい会になりました。

***

 前回は、自分で考えて決断すると「間違うことがある」、そのことを認めなければならない、そんなニュアンスのお話しをしたと思います。ですので、今日は、むしろ「"間違う"というのは結構、こわいことだよ」ということも考えてみたいと思います。僕はわりとそういう風に両面から考えることが好きですし、大事だと思っています。

 「間違う」というのは、ある一面から考えると、わりと恐いことです。それは、時に「死」や、それに似たものを近づけることもあるでしょう。僕が、こんなことを考えはじめたきっかけは、宗教というものには、本当に多用な側面があるけれど、色々な場面で「間違わないようにする」という側面もあるとふと感じたからです。これも、けっこう大事な話だと思うのです。もちろん100パーセント間違いをしないようにすることなんて不可能ですが、少しでも「間違う」可能性を減らす、危険を遠ざける、幸せや安らいだ気持ちを引き寄せる。そのようなものでもあるのかな、と感じたのです。


「一つの樹を伐(き)るのではなくて、(煩悩の)林を伐れ。危険は林から生じる。(煩悩の)林とその下生えとを切って、林(=煩悩)から逃れた者となれ。修行僧らよ」
(『ダンマパダ』二八三)



 これは、修行僧の煩悩について書かれた言葉ですが、現代を生きる「普通の」生活者である僕たちにとっても、金言とすることができる言葉のように思います。「危険は一本の樹からではなく、林から生じる」この言葉から、どんな意図をくみとるか。僕にはこのシンプルなひと言のなかにも、「間違わないようにする」多層的なヒントが封じ込まれているように感じました。瞑想等で、心身を鋭敏にして「真実」や「真理」などと呼ばれるものに近づこうとする態度も、言い方を変えれば「間違わないようにしている」姿のようにも見えてきます。


(今日の前編はここまでです! 次回は「密教」の教えから、"直感"にも話がおよびます)

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白川密成しらかわ・みっせい

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)がある。

栄福寺ウェブサイト 「山歌う」

ボクは坊さん。

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