となりの坊さん。

第19回 神秘の準備(前編)

2011.06.15更新

 今、栄福寺では演仏堂と共に納経所(のうきょうじょ)も新築工事中です。この場所は、お遍路さんが持っている納経帳に朱印と本尊の名前を墨で書くところで、四国八十八ヶ所霊場である栄福寺にとって、とても大切な場所なので気持ちのいい空間にしたいです。納経所も演仏堂と同じ建築家(白川在)が設計を担当しているのですが、納経をする納経台(テーブル)が一枚板を使えそうだといういうことなので、地元の木材場に見学に行きました。

 新しい納経所の台の長さは4.8メートル、奥行きは75センチというなかなかの大迫力サイズです。そんな台に使えそうな一枚板なんてよく用意できたな、と思っていたのですが、はじめに観に行ったのは樹齢400年の杉、それも今はなくなった神社に生えていたという木でした。

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樹齢400年の杉

しかも話を聞いてみると、僕も父も先代住職である祖父もかつて働いていた町の神社。「これは、もう決まりだろう!」という物語性爆発な展開だったのですが、次に観に行ったイチョウとヒノキ(これは一枚板ではなくて継ぎます)を観た結果、結局ヒノキを使うことにしました。僕は、すごく物語性を重視する方ですが、使う場所の水気や質感、そして好みを考えると珍しく冷静な判断をしました。「直感的に合理的判断をする」そういう時もたぶん、ありますよね。でも、杉も気になったなぁ・・・。イチョウも白くて繊細で、いつかなにかに使ってみたい木です。

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左:イチョウ 右:ヒノキ


 栄福寺の新しい建物群は、お寺にあうように外壁左官材に地元の大島石を砕いたものを練り込む計画があったり、高知の土佐漆喰に愛媛の土を混ぜ込んだり、最大限この場所に「なじむ」ことを念頭に置きながらも、今までのお寺の風景からしたら、新しい風景も提案したいと考えています。

 そういう計画が進行中なので、今までのお寺の風景も好きなだけに、不安になることがあります。「お寺という懐かしい伝統的な存在のなかに新しいチャレンジをしていいのかな・・・」。しかし、最近僕はある人たちを想像することで、自分の肩をたたくことがあります。

 ひとりは、「今まで誰かが見たことがあるものは、自分がつくるものではない。見たこともないデザインに挑戦してワクワクしたい」と語るグラフィック・デザイナー。あるいは「私は、むしろありふれたものを丁寧につくりたい。今までの文化は、人間が時間をかけて積み上げてきたものだから、尊重して敬意を持ちたい」と語るファッション・デザイナー。
 僕はその"両方"に「いてほしいな。そういう人たちが」と強く思ったんです。これは、伝統的な役割でもそうだと思うんです。

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 例えば、「自分たちの役割は、伝えられたものをつくり、そのまま次の世代に、引き継ぐこと。"自分"のやりたいことなんて、考えたこともない」と語る漆職人。「僕たちの仕事は、素晴らしい古い技術を持っていても、このままでは人が絶えてしまう。どんどん新しいデザインや商品を提案していきたい」と語る宮大工。そういう人を想像すると、こちらにも「両方いてほしいなぁ」と思ったんです。

 今、多くの人たちが「どっちがいい」という議論をしていますが、想像以上に多くのことがらは、「両方いてほしい」タイプのことだと思うんです。そして、僕自身は「古いものも新しいものも大好きなので、両方、満喫したいなぁ」と正直に考えています。

 そして、この建物を通して僕がみなさんに伝えたいことは、「古い」や「新しい」ことではなく、「仏教に今と未来がある」というひと言を、言葉以外の"形"でもお伝えしたいのかもしれません。

 さて、今日は「神秘的な力」についてお話ししようと思います。坊さんをしていますと、「えー、お坊さんなんですか。霊感ってあります?」と聞かれることが、本当によくあります(なんだか変な気もしますが)。「うん、ありますよ。ちなみにあなたも霊感あるでしょ」と言うと、「なな、なんでわかるんですか?」だったり、「どどど、どうしてそう思うんですか?」というすごい反応をしてくださいます。「ウソ、ウソ、霊感なんて全然ありません」と言い直すと、「なーんだ」という感じで、その場を静かに去っていきます(いつかバチが当たりそうですね)。

 多くの人が、「神秘的な力」に興味が強くあるようです。面白いですものね、不思議なことって。
 僕は「神秘的な力」について、ふたつのとらえ方(という程のものでもはないですが)を今現在は、もっています。

 ひとつは、ただの害があったり、なかったりする「ウソ」。これは、結構多いと思います。特に自己宣伝的な雰囲気な人は、注意したほうがいいでしょう。最近、脳学者の方が「コックリさん」の原理について話されているのを読みました。「強く念じたことは、無意識であっても筋肉が動くことがある」そうです。これはスプーン曲げの実演で、「会場の人もやってみましょう」ということになって「うわっ、触っただけなのに、念じたら曲がった・・・」なんて現象も説明できますよね。そういう風に「無意識のカラクリ」も、あるように思います。「コックリさん」や「スプーン曲げ」が完全な嘘だと主張したいのではありません(もちろん)。神秘的な力かもしれません。でも、「時にそういう風な可能性もあり得るよね」と言いたいだけです。

 もうひとつは、こちらががより言いたいのですが、「そういうことって、ある(あり得る)」という態度です。不思議なことって常識的に言ってありますよ、たぶん。

 数年前、栄福寺の仏像修理を検討することになり、縁あって京都国立博物館内に工房を構える「美術院 国宝修理所」の方に来ていただいたことがありました(国宝や重文ではないのですが、近所のお寺に便があったようで、観ていただくことができました)

 それ以来、興味を持ってかつて国宝修理所の所長を務められた仏師であり僧侶でもあった西村公朝(1915〜2003)師の書かれた本をいくつか読み始めました。
 そのなかの『仏像は語る』(新潮文庫)という本のなかに、興味深いな話が語られています。

 昭和30年、西村師は、京都の愛宕(あたぎ)念仏寺の住職に就任します。しかし、国宝修理者としての仕事があるので、何人かの人に留守番を頼んでいました。この留守番の人たちは「ある種の行者といいますか、俗にいう神がかった感じの人たち」(『仏像は語る』P144)でした。また「彼らは、皆それぞれにある種の超能力的な法力を持っているようでした」とも西村師は記しています。その行者さんたちは、西村師に奇跡的な法力をみせ、好奇心旺盛だった彼は、行者さんに法力を授けて欲しい申しで、それを了承されたと記しています。

 そこで、ひとつの"実習"として、彼らはある「連絡方法」を試みます。西村師が各地を移動している時に、行者さんが神霊的な光を発し、それを「受信」できるかどうか試みる、という方法でした。「なかなか信じてもらえないかもしれないが、本当に私はその光を受信できたのです」と西村師はいいます。しかし、その時期は最高峰の国宝修理者としての信用を考え、他言することはありませんでした。

 昭和34年、西村師は国宝修理所の所長になりました。そしてある寺の調査中、例の光がポッと見えました。その時、「これはいけない」と突然感じ、目が醒めたように、それからは行者さんの発する光に自ら反応しないように努めたということでした。自分の仕事は壊れた仏像を甦らせる仏像の医者のような仕事であり、その大事な仕事を霊的な光が邪魔したように感じたと述懐されています。

 その西村師の「引き際」も見事だと感じますが、むしろここで僕が語りたいのは、「神秘的な力」というものに対して、「そういうものってある(あり得る)」という態度をとっておいたほうが、「安全」のように思うということです。

 西村師の話の真実性などについてはここで議論しようと思いません。そして寺の留守番をお任せするぐらいですから、行者さんたちと良好な信頼関係を結んでいて、またその信頼に値する人格を有した人たちであったのではないかと想像します。
 しかし、この話を僕たちの現実的な生活に教訓をもって結びつけるとしたら、「神秘的な力」というものが、「すぐれた人格」や「思想の優劣」と、"常には"直接的に結びつけて考えない方がいいように感じます。

 なぜ、ここでこんな事を語るかというと「ウソの神秘」や「本当の神秘」を使って、あなたを利用したり、騙したりしようとしている人は、意外と近くにいることだってあるかもしれないからです。そしてそれは、時に「宗教」「仏教」「坊さん」という器を借りていることだって、あるかもしれません(逆に「宗教じゃないので安心してください」と言う人も多いと思います)。最近、「学校」を舞台にそういうこともあるようです。

 「神秘を見ただけで、その人を過信しすぎないこと」「神秘みたいなことって、あるかもしれない」と驚きすぎないように準備する。それが、今の僕が言えるほとんどすべてです。
 その準備ができて始めて、僕たちは安心して「神秘」を楽しめるのかもしれません。

 釈尊であっても、弘法大師であっても偉大な宗教者たちの人生の多くは民衆たちによって奇譚で語られているのですから、「不思議」や「神秘」は、事実としてもメタファーとしても大切な話だと感じます。だからこそ、取り扱いに注意して、向かい合いたいですよね。

 普通じゃないから、神秘というのですから、時にびっくりしたり感心するのは、しょうがないです。僕もそうです。
 でも、心のなかのどこかに「そういうことって、あるみたいですね(ニッコリ)?」という"余裕"をちょっぴり準備しておきましょうか。


(今回はここまでです。次回は「戒律」の話から、「マイナスの動き」を考えてみます!)

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白川密成しらかわ・みっせい

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)がある。

栄福寺ウェブサイト 「山歌う」

ボクは坊さん。

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