となりの坊さん。

第21回 たいら(フラット)からはじまる人間関係(前編)

2011.07.20更新

 「出張に行ってきました」と坊さんである僕が言うと、「えっ、坊さんにも出張があるんですか?」とよく聞かれます。今回、徳島に出かけたのは、高野山に住んでいた時に修めた修行である「四度加行」(しどけぎょう)という密教修行の詳しい内容をさらに伝えていただく、という目的であったため「出張」というとなんだか、そぐわない気もしますが、「仏教を勉強したり、修行したり、伝える」ということが、職業としての"坊さん"の「役割」であったとしたら、「出張」と言えるかもしれません。もちろん会議、定例会に出席したりする「出張らしい出張」もあるのですが、こちらのほうは、あまり顔を出さなくなってきました(ということを結婚披露宴でも同業者から散々、突っ込まれたのですが・・・)。

 自分の住んでいる場所でない街を訪れて、結構、興味深いのが「地方ニュース」を読んだり、みたりすることです。今回も朝、ホテルで徳島の地元新聞を読んでいると、ー美波の遍路道に監視カメラ設置ーという四国遍路寺院の住職である僕にとっても繋がりのある話題が載っていました。お遍路さんが巡拝で通る道である「遍路道」での大量のごみ不法投棄が問題となっており、赤外線センサーや録画システムで対策を講じる、という話題でした。記事最後の地元実行委員のコメント「カメラというより弘法大師に見られているという意識を持ってもらえば」というのは、すごいですね。地元紙といえど一般紙にこのコメントを載せるのも、さすが四国です。

 なにかと忙しい日々のなかで、なんとか時間をつくって沖縄に新婚旅行に行ってきました。

 余裕があれば、この連載の文章を書こうと思って『弘法大師全集』と『スッタニパータ』を宿泊先に送付して枕元にでーんと置いてあったのですが、会いに来てくれた沖縄に住む妻のお姉さんがそれを見て、「そうか・・・、密成さんは"聖書"って、わけにはいかないものね・・・」と、感心というか、納得をしていました。いや、旅行のたびに持っていくわけではないのですよ。でも、そういえばホテルってよく「聖書」が、置いてますよね。

 不思議といえば不思議な話なのですが、僕は沖縄行きの飛行機に乗った途端、食欲がほとんどなくなり、逆に体調のすぐれなかった妻の体調が、絶好調になりました。そして、僕の体調は、帰りの飛行機に乗った途端、ほぼ回復しました。飛行機のなかで「沖縄の神様に歓迎されていなかったのかな、四国の神様の鎮守が及ばなかったのかな・・・」とぶつぶつ、つぶやいていると、「じゃあドイツに行ったら、どうなるねん」と妻からばっさり言われました(関西人)。ま、その通りなんですけど。まさか、ディナーが「沖縄そば(小)半分」の新婚旅行になるとは、思いませんでした。

 しかし、食欲が一時、回復したのを見計らって、地元料理の「ヤギ汁」や「アグー」を食べに連れて行ってもらったり、仏壇屋を個人的に訪問して「うわ、仏具の形が全然違うー」と息を飲んだりしながら(どんなハネムーンだ)、楽しい時間を過ごしました。

 沖縄は、お墓や線香の形も独特なのですが、様々で独特な民間信仰が現在でも残っており、お姉さんの家の台所でも、「火の神」(ヒヌカン)を祀るためのセットが置いてありました。現地で購入した『沖縄の年中行事』という本によると、このヒヌカンは「難聴」の神様なので、その前で「文句を言ってはいけないよ」(ゴーグチ ハーグチ セーナランドー)や「問答を起こしてはいけないよ」(ムンドー ウクチェー ナランドー)とも言われていたらしいです。そういうことをしていると、「ヒヌカンの神様の悪口を言っている」と誤解されているから、とのことですが、どこか仏教のことも彷彿とさせます。この神様は、家族一人ひとりの行いを「御天の神」(ウティンヌカミ)に毎年、報告をしています。「難聴の神様」が「報告者」であることも、"言葉による言い訳無用!"という感じで興味深いですね(もっと深い意味があるのでしょうけれど)。

 こういった昔の信仰や風俗、神様が大事にされていると、皮膚感覚的に僕はワクワクして、うれしくなりました。考えてみると、僕は自分の仕事のなかでも、こういったものに囲まれて「坊さん」をしています。そのことは「わがごと」になると、当たり前になってしまい、その「うれしさ」がクリアに見えなくなってしまうこともあるのですが、もう一度、その「うれしさ」「気持ちよさ」を見つめてみたいと思いました。

 「沖縄に行ったら、どこに行ってみたい?」と聞かれ、僕は思わず自分の関心もあって「聖地のような場所に行ってみたい」と答えたのですが、その人は「ここでは、そういう場所には、子どもはあまり行かないようにする。自分は妊婦なので止めておくので、待ってるから行っておいで」と言われました。こういった常識的な「畏れの心」もまた自分たちが思い出してもいいようにも思われました。うーん、学ぶことの多い新婚旅行でした!

(前編は、ここまでです。次回は「人間関係のヒント」を考えます)

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白川密成しらかわ・みっせい

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)がある。

栄福寺ウェブサイト 「山歌う」

ボクは坊さん。

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