となりの坊さん。

第25回 死者の世界にお邪魔する(前編)

2011.09.21更新

 この文章が掲載される頃には、季節はずれの話題になってしまうと思うのですが、今年の夏も「お盆」のお参りに行ってきました。色々な家を訪れて、家ごとにおもむきの違う仏壇に家族の人たちと一緒に手を合わせていると、「ああ、僕は"ニッポンのお坊さん"であることが、好きなんだな」と、なんとなく、それでも結構ずしんと感じました。これは、じつはほぼ毎年感じる感覚です。もちろん、他の国のことはほとんど知りませんし、様々な批判を受けることも多い僕たち「坊さん」ではありますが、形を変えながら「今」に伝わる、習俗に登場人物として、ひょっこりと顔を出し「祈り」、「場」を一緒に曖昧につくりあげる。そのことが好きなんだと思いました。

 街中を法衣姿で何日か運転していると、たまにすれ違う知らない人が、運転中にもかかわらず「会釈」をしてくださいます。どうしてでしょうね。ちょっと考えてみると、一、「坊さん」は、じつは結構、尊敬されている。 二、「坊さん」は下手(したて)に出ないとめんどくさい人種だと思われている。 三、じつは少なくない人たちが、車ですれ違う人、全員に会釈している。

 うーん。どれも結構、いい線ついている気もするのですが真相は藪のなかです。あなたもまさか「全員に会釈する派」じゃないでしょうね。そうだとしたら交通安全上、他の方法を強く推奨いたします。

 檀家さんの家を訪問していると、受験を控えた息子さんを持つお父さんから、成績表に弘法大師の言葉を書くようにお願いされたり(最後の神仏頼み?)、お盆に家に帰って、家族と坊さんと仏壇に手を合わせることを、目標に厳しいリハビリを病院でしてきた闘病中のおばあさんの迫力に、胸に迫るものを感じたりました。

 今年は、残念なことに亡くなった檀家さんが、檀家数の少ない栄福寺のなかでは、例年より多く、何件かのお宅で「新盆」(あらぼん、亡くなって初めて迎えるお盆)を拝みました。新盆では、親戚も集まってくることが多いため、僕は短めの法話をすることにしました。
 そこで、様々な説がある「お盆」のルーツについて話しながら、

「お盆は、ご先祖様が帰ってきてくれると皆さん考えて、迎え火を焚いたり、精霊棚を吊ったりしていると思いますが、僕はふと思ったんですが、ある意味では、むしろ僕たちのほうが、亡くなられた人たちの世界に"お邪魔している"期間なのかもしれませんね・・・」

 ということを、話していました。仏教的な意味合いではなく、僕がそう感じたので、話してみました。そして、そのことを自分でもしばらく考えていました。
 よく思うのですが、仏教は「死」に関する言葉や思想を今に多く残していますが、僕が直感的に感じるには、「生きながらにして、死を内包しようとする」側面を持っているのではないかと想像することがあります。仏教において提示される「欲望」や「執着」への注意喚起などをとっても、「生きながらにして、生を、ゆるやかに止めてみる」側面を感じます。その時、僕は漫画『北斗の拳』のいい読者ではありませんが、かのケンシロウの名言(らしい)「お前はもう死んでいる」という言葉をふと思い出します(笑)。

 仏典のなかでも、僕たちが死を抱えていることにかんする言葉が少なくはありません。


「"わたしは若い"と思っていても、死すべきはずの人間は、誰が(自分の)生命をあてにしていてよいだろうか? 若い人でも死んで行くのだ。ー男でも女でも、次から次へとー」
(『ウダーナヴァルガ』第一章八)



「山から発する川(の水)が流れ去って還らないように、人間の寿命も過ぎ去って、還らない」
(『ウダーナヴァルガ』第一章一五)



 この言葉は、「死を内包する」というよりも、「いつか(あるいは、いつでも)私たちが死ぬ(死に得る)」という歴然たる事実を指し示していますが、「死を内包しようとすること」とまったく無関係な話かと問われると、そうでもないように思います。

 あるチベットの僧侶の説法を聞いている時に、「まずは、自分が"苦しんでいる"ことを知りなさい。"わたしは苦しんでいない"などというのは、勘違いです。その苦しみを細かくチェックするのです」という意味のことを言われていたと記憶しています。

 それと同じように、僕たちが「死を抱えている」ことを繰り返し、考え、思い浮かべる。そのことは、こころがウキウキするようなことではありませんが、大切なことなのかも、と思い浮かべます。
 死者を迎えがら、同時に「死者の世界にお邪魔する」。思わず口にしたこの言葉は、「そんな期間、時間があってもいいんじゃない?」、そんなことを僕の心身が言いたかったのかもしれません。

 これは、なにも「仏教」にのみ語られることではなく、中国哲学者の福永光司さんは、その著作のなかで、道教の思想に触れながら、「いろいろ苦しい状況が出てきた場合には、自分を死の床に置き、この世から消えていくときの自分を基準にしながら、この自分にとっていったい何が本当に必要なのかという問題を考えなさい」(『飲食男女--老荘思想入門--』福永光司、河合隼雄、朝日出版)という臨終観を紹介しています。そして福永先生ご自身も京大の学生の時に、絶望的な気分になると深夜に巨大な墓地を訪れじっと座り、星空を眺めたとのことです。また、教鞭を執るようになってからも、受験生にそれをすすめたというエピソードを紹介されています。

 という話をしていると思わず森田童子さんの曲、「たとえば僕が死んだら」という言葉が僕の頭のなかを流れてきました(この曲のイースタンユースのカバーも格好いいですよ )。個人的に、僕が自分を奮い立たせようとする時、こんな言葉をイメージすることがあります。それは「たとえば"君"が死んだら」という言葉です。

 自分の身の回りにいる人や関わってきた人は、ほとんどの人にとって「愛しいだけ」の人ではないでしょう。実際に生活を送っていると、頭にカチンと来ることもありますし、考え方や言動に違和感を感じることもあります。

 しかし、ふとイメージのなかで「もし、今、その人が死んだら」と考えると、「あんな風景を、一緒にみたかった」「あんな気分を一緒に味わってみたかった」「こんな笑顔にさせてやりたかった」という感情が溢れ出てきます。そして、「今、やんなきゃな、それ」と心から思えることがあるんです。それは、時々「自分」に向けても、発せられる言葉でもあるのでしょうね。そして、残念ながらいくつかの場合、その「君」は、すでに僕のまわりにはいない場合も少なくはありませんが、むしろそこにヒントを得て「今」を見ようと思います。それがたまらなく切ないことであったとしても。

 僕は、「とてつもなくつらい死の場面」に遭遇することの少なくはない役わりに身を置いています。そんな時、どのような言葉をかけたらいいかわからなくて、しかし自分なりに渾身の力を込めて「"死なないで欲しい"というのは、"生まれないで欲しかった""出会わなければよかった"ということと同じことかもしれません」という意味のことを、何年か時を経た後に話すことがあります。いつか、僕自身も自分に同じ言葉をかけることがあるのでしょうね。


「上でもなく下でもない不可思議の変化とは、作られたものでもなく作られないものでもない一心という本源的な存在と、二つではないもの(対立を越えたもの)の中のさらに二つではない本源的な存在とは、もろもろの迷いの議論を越え、もろもろの相対的思考を絶している。考えることが困難な本源であり、変化が現れてくる根源である。それゆえ、上でもなく下でもない不可思議の変化という」
(弘法大師 空海『大日経開題』現代語訳)


「非上非下神変とは、非有為・非無為の一心の本法と、及び不二が中の不二の本法とは、もろもろの戯論(けろん)を越えてもろもろの相待を絶す。難思の本、変化の源なり。故に非上非下神変といふ」
(漢文、書き下し文)


 大変、難しく聞こえる弘法大師の言葉ですが、僕はふとこの言葉の、部分、部分から「生」と「死」のことを思い浮かべました(直接的にはもちろんそういう言及のない箇所ですが)。上でも下でもない不思議な存在。究極の「ふたつでない」本源的な存在は、もろもろの相対的な考えを越えてゆく。"考えることが困難な本源であり、変化が現れてくる根源"。
 「死」と「生」は、僕たちが頭で考えたり、今まで書き連ねたように思考するものではなく、もともと離れがたく結びついた、渾然一体としたものなのか、そんな問いを自分に発しました。


(前半は、ここまでです。次回は「自分でもまっさらか考える」などのお話しに進みます)

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白川密成しらかわ・みっせい

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)がある。

栄福寺ウェブサイト 「山歌う」

ボクは坊さん。

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