となりの坊さん。

(今日は後半です。修業時代の思い出から、新しい「組み合わせ」について考えます)

第32回 おと! はじめまして(後編)

2012.01.18更新

 年末に産まれた子どもに会いに神戸に行きたいと思いながらも、年末年始は「坊さん」にとって、けっこう忙しい時期です。檀家さんへの「暦」や「法事の連絡」の発送、除夜の鐘を突いて正月を迎えても、一月二日、三日、四日と檀家さんの家を廻って新年の御祈祷札を一件、一件配ります。

 住職になった頃はこれが精神的に負担でした。つまり自分が廻るのはいいのだけれど、せっかくの正月に人の家を訪れて「迷惑をかける」という気持ちがあったのです。そして毎年、「今年が終わってから、来年どうするか考えよう」と思っていたのですが、毎回、「うん。これは来年もやったほうがいいな」と感じるのです。うまく言葉で説明できませんし、いつか違う意見を持つのかもしれないのですが。

 新しい喜びに包まれた家がある一方、何事もなく平穏に過ごしている家族、そして思わぬ大きな悲しみに出会った人たち。その話を続けて聞きながら、「だからね、仏壇に毎朝、祈らない日はないんです」と話すおばあさんの言葉に耳を傾け、僕の新年は始まります。

 その日の終わりも近づいた夕方、車のなかで、ふと高野山での修業時代のことを思い出していました。
「あー、あの時、僕は〝梅干し〟を好きになったな・・・」
 というしょうもないことです。修行道場での朝食である「お粥」には、決まって毎回「梅干し」と「海苔の佃煮」がついていました。比較的なんでも食べる僕には珍しく「梅干し」を当時、あまり好きではありませんでした。しかし、「梅干し」と「海苔の佃煮」を一緒に食べると、その「組み合わせ」が最高で、なんともおいしく感じたのです。

 なぜか、その時の感動をリアルに思い出しながら、仕事や生活のなかでも「〝そういうこと〟が、あるのかもしれない」と考えていました。僕たちは、「何をするか」「どうするか」「どこへ進むか」ということは、よく考えますが、何と何を「組み合わせるのか」ということを、もっと試してもいいんじゃないかな、と思ったのです。

 例えば、僕が文章を発表する機会になったのは、糸井重里さんが主宰されているインターネット・サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で「坊さん。」という連載をさせて頂いたからですが、これも、「坊さん」と「インターネット」、「人気サイト」という「組み合わせ」が、面白く感じた方が多かったようです。僕の「これから」進める仕事にしても、「仏教」や「お寺」、「坊さん」となにを「出会わすのか」という「組み合わせ」がヒントになる部分もあると思いました。

 そして、みなさんが身をおいている状況や仕事においても新しい「組み合わせ」を考えて、なにかとなにかを出会わせてみる。そんなことからささやかなきっかけが始まることもあるように思います。


「夏の日にそよぐ涼風 冬の日に吹きわたる川風 同じ一つの気ではあるが 人が喜んだり腹を立てたりするのは同じではない。かぐわしい肴、美味な料理の味は変わることがなくても 病人の口と飢えた者の舌とでは甘苦が異なる。西施の美しい笑みは人を死ぬほど焦がれさすが 魚や鳥は仰天して気に入ることは全くない。同じことと同じでないことと 時機を得た場合と得ぬ場合とによって 浮いたり沈んだり、ほめたりけなしたり、黙っていたり語ったりする あなたはそれを理解しているか。それを理解し、それを理解している人こそ知音(ちいん)と称されるのだ」
(弘法大師 空海『遍照発揮性霊集 巻第一』現代語訳)


「夏月の涼風 冬天の淵風 一種の気なるも 嗔(しん)喜同じからず。蘭肴 美膳 味 変ずる無きも 病口 飢舌 甜苦(かんく)別なる 西施が美笑は 人 愛死するも 魚鳥は驚絶して都(すべ)て悦ばず 同じきと同じからざると 時あると時あらざると 昇沈 讃毀(さんき) 黙語 君之を知るや 之を知り之を知るを知音と名づく」(
漢文書き下し)


 自分にとって、美味しく感じないものが、誰かにとっては最高な美味であり、心地よさもタイミングによって違うものです。この世界には無数の存在、状況があるということは、それよりもずっと多くの「組み合わせ」があり、その多くはいまだ私たちが知らない「うれしい」ことだと思います。
 そんな知らない「うれしい」の組み合わせがまだ、この世界にいくつもあることを想像すると、なんだか少しわくわくしますね。
 この言葉に出てくる「知音」(ちいん)とは、琴の名人である伯牙の琴の音色を鍾子期がよく理解したことから、自分を真に理解してくれる人のことを言います。「音を知る」そのことは古来より、多くの人の切実な願いだったのでしょうね。

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白川密成しらかわ・みっせい

1977年愛媛県生まれ。栄福寺住職。高校を卒業後、高野山大学密教学科に入学。大学卒業後、地元の書店で社員として働くが、2001年、先代住職の遷化をうけて、24歳で四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所、栄福寺の住職に就任する。同年、糸井重里編集長の人気サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』において、「坊さん——57番札所24歳住職7転8起の日々——」の連載を開始し2008年まで231回の文章を寄稿。著書に『ボクは坊さん。』(ミシマ社)がある。

栄福寺ウェブサイト 「山歌う」

ボクは坊さん。

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