隣町探偵団

第5回 家はどちらを向いていたのか

2013.04.20更新

 次にわたしたちが推理しなければならなかったのは、兄弟たち(吉井兄弟)が住んでいた家の庭が、どちらを向いていたかということである。
 これがわかれば、かれらの家が池上線、目蒲線の北側にあったのか、南側にあったのかが判明する。なぜなら、かれらの家の庭の直ぐ前にはひっきりなしに単行車が通過する路線があるからである。
 わたしたちは、その庭の場面を繰り返し見ながらいくつかの可能性について検証していった。

第5回 家はどちらを向いていたのか

写真3:兄弟の家の庭先


 このシーンは、兄弟が越してきてまもなくの朝、近所の悪ガキが庭先に学校への誘いにきたところである。庭の向うには電車が通過し、木柵の内側に母屋がある。犬小屋と犬と、戦前昭和とは思えないモダンな木枠の庭門がある。
 朝のシーンなので、影の方向を見ればこの家がどちらを向いているのかの想像がつく。
 いくつかの朝のシーンを点検してみると、どうやら影は右方向に延びており、前方は南だという見当になる。
 この場面の直後、兄弟と父親は家の左側の道に出てくる。
 そのシーンが下の写真。
 驚いたことに線路に正対していた庭と同じように線路に正対しているのに、今度は影は左方向に伸びているではないか。
 この影から推測すると画面右側が東ということになり、家の庭は北面しているということになるのである。

第5回 家はどちらを向いていたのか

写真4:家を出てすぐの道


 影による方角の推理は、家以外でも、学校、踏切、原っぱなどで行ってみたのだが、なかなか合理的な解釈を組み立てることができないのである。
 その理由として考えられるのは次のことだろう。
 1.朝のシーンであっても、撮影は夕方行われた。(影の向きは反対になる)
 2.影は、照明によって作為的に作ることができる。あるいは、反射板によって影の方向が変化した。
 3.学校、家、踏切、原っぱの間に、合理的な相関関係はもともとなかった。(つまり、それぞれ別々な場所で撮影したものを編集でつないだために、影の向きから位置を推理するのは意味がない)

 わたしたちは、いくつかの仮説のもとに影の検証を行い、結論としては小津監督は、撮影ポイントの位置関係に関しては、必ずあらかじめ定まった地図上にプロットしてストーリーを組み立てているはずであるということ。そうだとすれば、影の位置が反転するのは、朝のシーンを夕方に撮ったということがありうるということ。
 つまり、1である可能性が高いと推測したのである。
 だとするならば、それぞれの場所をまず確定してから、影についての解釈をすべきであるとの結論になった。
 影以外にも、洗濯物の動きから風の方角をつきとめ、それぞれの向きを特定することも試みたのだが、西風が冬に吹き、東風が吹けば春だとは俄かに断定できず、風向きからの推理はあまり信憑性がないということで判断を保留した。
 それでも、この影を追いながら、わたしたちはひとつだけ有力な視点があることに気付くことになる。

 撮影が進むにつれて、影の長さが変化していることがわかったのである。
 もし、影が徐々に長くなれば、それは夕方撮影されたということであり、影が短くなれば朝の撮影ということになる。
 この観点から「映画」を見直してみると、小津監督はしばしば、朝のシーンを夕方撮影していることがわかってきたのである。
 そうであるならば、影から撮影のおおよその時間と、場所の方角が決められるだろうということになるのだが、実際にはこれもなかなかうまくいかないことも判明する。

 わたしたちは、想定されるポイントに実際に立ってみて影を観察してみたのだが、この影の方角は立つ位置が少しずれただけで思わぬ変化をするのである。
 この段階で、わたしたちは、影による方角の推理に関しては、すべてのポイントの場所が確定したのちに、その合理性について検証することにしたのである。つまり、影は、後回しにして、まずは確実なところから仮説を組み立ててみようということになった。


*次回は、4月23日(火)に更新予定です。

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平川克美(ひらかわ・かつみ)

1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。渋谷道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを内田樹らと共に設立。現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。また、株式会社ラジオデイズにて音声コンテンツダウンロードサイト「ラジオデイズ」を運営。2011年からは立教大学ビジネスデザイン研究科の特任教授に就任し、ビジネスから教育へと活動の場を広げている。

著書に『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社新書)、『株式会社という病』(講談社現代新書)、『俺に似たひと』(医学書院)、『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(ちくま文庫)、『移行期的乱世の思考』(PHP研究所)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)など。

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