隣町探偵団

第9回 踏切までの線路沿いの道(前)

2013.05.11更新

 踏切の特定を補強する、もう一つ重要な情報が地図上にあった。
 当初は見落としていたのだが、映像では踏切を渡った右前方に火の見櫓が映し出されている。この火の見櫓が、昭和15年地図の上に、小さく手書きで記入されていたのである。
 それはAのような形の図柄で2ミリもない小さな書き込みだったのだが、拡大してよく見るとやはり、なにか鉄塔のようなものを表現しているらしかった。

 当時は、この辺り一帯には高い建物は存在していなかった。だから、火の見櫓や煙突は地図上の目印になっていてもおかしくはない。
 最初から気になっていた火の見櫓だったが、まさかそれが地図上に印刷されているとは思っていなかった。

 何のことはない、凡例に火の見櫓のマークが示されていたのである。
 わたしたちは、地図を見るのに夢中になっていて、凡例を良く見ていなかったのだ。
 その後、わたしたちは地図の上に他の火の見櫓らしきものがないかどうか、しらみつぶしにしらべたが、辺り一帯にはこの場所以外のところにそれらしきものを認めることはできなかった。

 ここまでわかったことを整理してみよう。

1.父子は線路を左に見ながら踏切へと歩む。
2.父子は踏切を左折するように渡る。
3.兄弟は踏切を渡って、緩やかに西方向に向かう道を直進して学校まで通っている。
4.踏切の先には水路がある。
5.兄弟の向かう道の東前方に火の見櫓がある。
6.踏切を通過した電車は、右にカーブしながら視界から消える。
7.父親は踏切を渡った後に右方向へ向かう。(その先には駅があるはずである)

 これらすべての情報に合致しうる踏切は地図で見る限り、「踏切2」以外にはないのである。このことから、父子が住んでいた場所は目蒲線の南側だということになる。

 ただ、ここでまたひとつ厄介な問題が出てきてしまう。
 もし、「踏切2」がわたしたちの予想しているものだとするならば、家から踏切までには線路脇の道があるはずである。
 地図にはその道が表示されていないのだ。

 そこで、わたしたちは現地に行き、その道があるかどうかを確かめることにした。
 細い道なので、地図に表示されていない可能性があることと、基本的な道に関しては大きな道路建設(たとえば環状八号線など)が無ければ、八十年前のものが残っている可能性が高いと考えたのである。
 「踏切2」から西側は環状八号線が建設されており、目蒲線のルートも今とは異なって、環状八号線に沿うような経路を走っていた。
 現場に行けばその様子がわかるかもしれない。

 このとき、探偵団の三人のうち、もっともこの場所に土地勘があり、精力的に調査をしていた京浜精密工業社長の駒場は、所用でシンガポールへ向かっていた。
 シンガポールへ向かう機内で、駒場は地図と、iPadに納めた映像を眺め続けて推理を膨らませていた。シンガポール滞在中も、レストランやカフェでいつも地図を広げて考えていたらしい。駒場も病膏肓に入ったなとわたしはうれしくなった。

 わたしが画家の伊坂と現場へ向かおうとしていたときに、駒場から電話が入った。
 「いやぁ、飛行機の中でずっと地図と映画を見続けていたよ」
 「いい加減にしたらどうだ、疲れてしまうぞ」と言ったが、「平川、俺は重要なポイントを見つけたぞ。帰ったら説明するからそれまで楽しみに待っていてくれ」という答えが返ってきた。

 駒場は何を発見したのだろうか。
 後に、詳しく説明することになるが、このとき駒場が発見したのは、この捜査で一番の難関である「原っぱ」での子どもたちの詳細な導線に関するものであった。わたしは、駒場の帰りが待ち遠しかった。
 駒場の捜査への情熱、粘り、行動の素早さ、推理力にこの頃より幾度も驚かされることになる。それは、かれが京浜精密工業という類を見ないような会社を作り上げたこととも繋がっているように思える。
 それにしても、これほどまでに、多忙な駒場が隣町探偵というプロジェクトにのめり込むとは考えてもいなかったことであった。

*次回は5月17日(金)更新予定です。

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平川克美(ひらかわ・かつみ)

1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。渋谷道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを内田樹らと共に設立。現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。また、株式会社ラジオデイズにて音声コンテンツダウンロードサイト「ラジオデイズ」を運営。2011年からは立教大学ビジネスデザイン研究科の特任教授に就任し、ビジネスから教育へと活動の場を広げている。

著書に『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社新書)、『株式会社という病』(講談社現代新書)、『俺に似たひと』(医学書院)、『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(ちくま文庫)、『移行期的乱世の思考』(PHP研究所)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)など。

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