隣町探偵団

第14回 吉井家の間取り

2013.06.15更新

 吉井家の家の道をめぐって、わたしたちはどうやら迷宮に入ってしまったようである。
 兄弟の家の母屋、庭、雀の卵の家、踏切の位置関係をどのように想定しても、合理的な解釈に至ることができない。

 そこで、もう一度確実な部分から確定してゆく作業をしなければならないということになった。
 「映画」の各シーンを解析すれば、兄弟の家の間取り図を書けるかもしれない。
正確な間取り図があれば、庭から見えている線路と、玄関先の道、踏切の位置関係が見えてくるに違いない。
 だが、「映画」のシーンだけから、吉井家の正確な間取り図を描くことはできるのだろうか。

第14回 吉井家の間取り

(図版36.隣町探偵団捜査会議の様子)


 迷宮に入ったまま、解決法も見つからず、時間だけが経過していった。
 わたしたちは、ここに至って隣町探偵団の今回のプロジェクトは、簡単には終わりそうもないことを覚悟しなければならなかった。
 いや、本当の隣町探偵の冒険が、ここから始まるのだと気合を入れ直さなければならなかった。

 だが、それぞれに仕事を抱えており、この作業に避ける時間には限りがあった。
 わたしたち三人は、しばらくのあいだそれぞれの仕事場にもどり、新しい情報が入れば電話で情報を交換するという日々が続いた。
気が付けば2013年の二月半ばから始まった『生まれてはみたけれど』の解析作業は、すでに二か月が経過していた。

 そろそろ、机上での仮説検証を終わらせて、現場検証に出たかったが、まだ机上で詰めなくてはならない作業が残っていた。
 勿論、この間も何度か現場に足を運んではいたが、「映画」全体の詳細をつかんだ上で、わたしたちの仮説を検証するまとまったフィールドワークに入るには、解明しなくてはならない課題がいくつか残っていた。

 四月のある土曜日を利用して、隣町探偵団はこれまでの中間総括ともいうべき会議を行うことにした。場所は池上線の沿線にあるわたしの書斎である。
わたしは、これまで書いてきた「吉井家に隣接する道」にまつわる謎を二人に説明した。
 駒場は、シンガポールから帰って以来、「映画」の解析に熱中しており、「原っぱ」と「吉井家」についての解析をほぼ完了させていた。
 駒場の「吉井家」の解析が、ひょっとしたら、わたしの陥っている踏切の謎を解く鍵になるかもしれない。

 わたしは、自分が陥った袋小路からの脱出に、駒場の推理が大きな助けになるだろうと思っていた。これまでも度々、駒場の一言で、疑問が一気に氷解したことが何度かあったからである。
 この日、駒場が出してきたのは、驚くべき正確さで作り上げてきた「吉井家」の間取り図であった。

第14回 吉井家の間取り

(図版37. 吉井家の間取り図)


 間取り図には、カメラ位置毎に番号が振られており、それぞれの番号にはカメラが捉えた17枚の スチール写真が添付されていた。
 図の緑の矢印は、添付された写真が撮影されたときのカメラレンズの向きを示している。

 一枚一枚の写真、つまり登場人物たちが吉井家の内外を動いたシーンから、庭、玄関、台所、長 火鉢のある部屋、床の間のある部屋の位置関係が、どのようなロジックによって確定されたのかが分かるようになっている。

 ひととおりの説明を聞いた後で、わたしたちは、間取り図に振られた番号と、それぞれのシーンと見比べてみた。どうやら、この間取り図に間違いはなさそうだった。
 矛盾点はひとつも発見されなかった。
 「完璧だな」とわたしは駒場に言った。

 この間取り図ができたおかげで、踏切との関係の矛盾は解決するかもしれない。わたしは、期待を抱きながら、間取り図と、家の周辺シーンとの関係を整理することにした。
 しかし、実際にこの間取り図を地図上に落としてみると、矛盾は解決するどころか、さらに大きくなってしまったのである。

 駒場が作った間取り図は、南北が上下反対になっているので、わたしは周辺との関係がわかるように南北を地図に合わせた簡単なスケッチを作成した。わたしたちの仮説では、庭側が北であり、台所側が南である。庭側の外には目蒲線が走っており、目蒲線の線路と庭柵とのあいだには線路際の道が通っている。

第14回 吉井家の間取り

(図版38. 吉井家(図版37間取り図と天地逆)と踏切、隣家の関係)


 子どもたちが取っ組み合いをしたのは、庭先の門を出て左に曲がったところの踏切前(「B道」)である。
 「映画」には、兄弟が隣の家で雀の卵をとっているシーンがある。そのとき、梯子から降りた兄弟は犬小屋の前にいた母親と話をして、画面下方から母親のところに駆け寄っている。

 この隣の家と母親がしゃがんでいた家の庭(犬小屋の前)との関係から、雀の卵を見つけた隣の家は、母屋の西側になければならない。
それらをスケッチしてみると、映画の各シーンとは整合性がとれた。
 ところが、「A道」を起点として、映画のシーンをスケッチの上に落とそうとすると、どうしても矛盾が起きてしまうのである。
 最初に問題となったのは、悪ガキたちと兄弟が玄関先で向かい合い、その後玄関を出て線路まで向かう道まで飛び出すシーンである。
図からわかるように、吉井家の玄関は家の東側についている。
 しかし、玄関先で兄弟が悪ガキたちと向かい合っている時は、子供たちは玄関を背にして右側を向いている。

第14回 吉井家の間取り

(図版39. 玄関先の兄弟がA道で待ちかまえる悪ガキと対面する)


 そうすると、悪ガキたちのいた場所(「A道」)は、玄関の下の四角(□)で囲ったあたり(図版38)になってしまう。そこには線路まで行く道は存在しない。前後のシーンとの繋ぎでは、悪ガキたちは「A道」に立って、玄関先にいる兄弟と向き合うという構成になっている。A道とは、兄弟が学校へ行く道であり、その道が線路と交わるところには黒い三角形の木枠がある道である。(図版31)
 図版37のように、吉井家の玄関が家の東側にあったのでは、そもそも上のシチュエーションが成立しない。

 わたしたちは、様々な可能性を考慮したが、この矛盾だけはどうしても解決できないのである。もしも、これまでの仮説を否定して、吉井家が線路の北側にあったと仮定しても、玄関と道との関係は変わらない。庭先の線路と、玄関先の線路が合致しない。吉井家を地図上のどこに配置しても矛盾は解決することができないのだ。

 この矛盾を解決する答えは一つしかない。
 現実の家の玄関は、東側にあるのだが、映画上西側にあったことにしたということである。
 それが、上のスケッチ(図版38)の点線で囲った「映画空間」上の玄関である。さらに、「A道」と「B道」は、それぞれ別の場所で撮影されたのだが、どちらも家の西側にある一つの道として編集したのである。

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平川克美(ひらかわ・かつみ)

1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。渋谷道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを内田樹らと共に設立。現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。また、株式会社ラジオデイズにて音声コンテンツダウンロードサイト「ラジオデイズ」を運営。2011年からは立教大学ビジネスデザイン研究科の特任教授に就任し、ビジネスから教育へと活動の場を広げている。

著書に『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社新書)、『株式会社という病』(講談社現代新書)、『俺に似たひと』(医学書院)、『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(ちくま文庫)、『移行期的乱世の思考』(PHP研究所)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)など。

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