隣町探偵団

第20回 小学校を構成するピース(断片)前編

2013.08.04更新

 こうなってくると、以前より宿題にしていた小学校の校門の撮影場所が気になってくる。
 家から学校途中までの道は、すでに現場での確認も住んで、ほぼ間違いのないところだ。つまり、「A道」、線路脇の道、「踏切2」に関してはほとんどの確認作業が終わっている。小学校の校庭も、矢口尋常小学校を使って撮影可能である。

 しかし、ここで問題なのは、「映画空間」のなかで設定した可能性のある小学校横の道が、はたして現実の矢口東小学校横の道なのかどうかということである。
 映画の中で、道の前方には単行車が走り抜ける踏切が映っている。また、校門に向かって背中の方向にも単行車が走っている映像がある。
 たしかに、現実の矢口東小学校横の道の前方には池上線のルートがあり、校門に面して背後の方向には目蒲線のルートがある。それぞれ、距離にして200メートルほどである。問題は、道の正面までの距離が長すぎることと、単行車の進入角度が向かって左遠方から右近方になっていることで、実際の池上線の進入角度は逆に左近方から、右遠方に向かってルートがとられている。この問題はわたしたちを悩ませた。

第20回 小学校を構成するピース(断片)前編

(図版55 校門正面の電車と背後の電柱)


 ひょっとしたら、池上線は今と違うルートを通っていたのではないか。
 わたしたちは現場で、レールの敷地に何かヒントが隠されているのではないかと探してみた。そうるすとすぐに、現在とは違うルートを通っていたらしい痕跡を発見することができた。

第20回 小学校を構成するピース(断片)前編

(図版56 旧池上線ルート跡)


 写真からも分かるように、線路の途中から、今は使われていない線路が引き込み線のように伸びている。使われていないのは、線路が錆びているので一目瞭然である。
 これを見たとき、わたしたちはやはり、池上線のルートには変更があったのだ、これなら矢口東小学校から見える風景も違ったものになる。これで、問題は解決だと思った。やはり、矢口小学校脇の道がロケ地だ。

 ただこの推論には大きな問題があった。
 矢口東小学校から、前方の池上線までの距離が長すぎるのである。地図で確認すると200メートルもある。映像からは、10~20メートルほど先に踏切があるように見える。
 昭和22年の航空写真で確かめてみると、池上線の旧ルートが出てくる。しかし、このルートであっても、池上線の踏切への進入角度が映画のよう急角度にはならないのである。
 ルートの変更は、図版55からも分かるように、わずかなものでしかなかったのだ。

第20回 小学校を構成するピース(断片)前編

(図版57 昭和22年航空写真: 池上線のルート変更予定がすでに、図に示されているのがわかる)


 ここで、わたしたちは頭を抱えてしまった。もし、「映画空間」の中の矢口東小学校横の道が別なところにあるとするならば、その場所を探索するのは大変に難しいことになってしまう。映像にはあまりにも少ない情報しか映りこんでいないからである。
 しかし、もし前方に見える電車と右方に見える電車が同じ路線のものだと考えるならば、そのような場所は、路線が急カーブするところ、つまりは、池上線のルートの中の二つのカーブの内側しかないことになる。
 それは、ある意味でわたしたちが最初に考えた探索シナリオだった。つまり、前方にも線路があり、右方にも線路があるということは急カーブしている線路の内側以外にはないということである。

 「映画空間」の中での矢口東小学校までの道のりがあまりにぴったりと符合していたので、わたしたちは、この最初の探索シナリオを看過していたのだ。
 この件に関して、わたしたちはもう一度振り出しに戻って考えてみることにした。
 一つ目のカーブは池上駅から蓮沼方面に向かって直ぐのところである。
 昭和16年地図上にその場所を落としてみると、下の赤丸の位置が校門に見立てた場所の候補地ということになる。

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(図版58 学校門候補1)


第20回 小学校を構成するピース(断片)前編

(図版59 学校門候補2)


 いずれも、踏切を南北に貫いている道が候補である。東西の道では条件に合わない部分が多い。この地図で見ると、池上駅に近い場所では、踏切が池上駅に近すぎることと、踏切までの線路の進入角度があまり大きくないことがわかる。(「映画」ではもっと大きな角度で電車が進入しているように見える。また、学校横の道の正面に見えた電車はスピードを変えているようには見えない)。池上駅のすぐ近くなので、電車は速度を落としているはずである。
 踏切の向う側には、うっすらと山のようなものが見える。池上本門寺なのだろうか。しかし、もし池上本門寺の丘のシルエットだとすれば、それはもっと右寄りになければならない。やはり、池上寄りの道ではないのかもしれない。

 そうすると、可能性のある場所は一か所に絞られてくる。それは図版59に示した池上線の蓮沼駅と蒲田駅の間の急カーブの内側である。
 ところが、この場合には、背後に目蒲線が通っており、それが映りこんでしまう可能性がある。結局、地図と映像だけでは、最終的な結論を出すには至らない。
 現場に立ってみれば、もう少し役に立つ情報が得られるかもしれない。すぐにでも、現地に行きたかったのだが、あいにくオフィスで片付けなくてはならない仕事があった。明るいうちに現地に行くことはできないが、とにかくなるべくはやく、現場を見たかった。

 仕事の帰りに蒲田駅で下車して、蓮沼駅、蒲田駅の間にある急カーブ地点まで急いだ。
 地図上では分かっていたことなのだが、現場の直ぐ近くには御薗神社があった。
 わたしは、何となくこの神社に「感じるもの」があった。
 しかし、その日は夜だったので、いったん戻って後日天気の良い昼間もう一度ここに来ることにした。
 数日後と思っていたのだが、矢も盾もたまらず翌日の朝、わたしは可能性のある二つの場所を歩いてみることにした。
 まずは、池上駅近くの急カーブから確かめてみることにした。

第20回 小学校を構成するピース(断片)前編

(図版60 池上線急カーブ地点1。図版58の現場写真)


 写真は、「映画」と同じぐらいの距離から撮影した池上駅近くの現場である。撮影したスチールを見ると、「映画」とほとんど同じような雰囲気の絵になっている。右手方向にもこの電車が通過する姿を確認できる。やはり、この場所なのかと思ったが、踏切の遠方には池上本門寺の丘は確認できない。やはり、踏切の遠方にかすんでいる丘のようなものは、池上本門寺ではないのだ。
 一応結論を留保して、わたしは次のポイントに向かった。
 池上駅から線路沿いを歩きながら蓮沼駅に向かったのだが、途中、いかにも吉川家の庭のセットを拵えたと思えるような場所があった。この時点で、わたしは家の庭のセット風景の写真を入手していたので、その場所のおよそのあたりを付けていたのだ。

第20回 小学校を構成するピース(断片)前編

(図版61 『小津安二郎新発見』  に掲載された吉川家の庭のセット風景)


 図版61が、そのセット風景の写真である。 この写真が掲載されている『小津安二郎新発見』という本の帯文には、「OZU本の決定版!!」とか「松竹が総力を結集!」といった惹句があった。確かにこの写真は、新発見というタイトルにふさわしい衝撃的なものであった。
 写真のキャプションとして「池上駅前にて」という文言が添えられている。なるほど、池上駅前の風景によく似ている。正面の建物も池上駅舎のように見える。
 この本は文庫版も出版されていて、こちらの方では「池上駅前にて」の文言は削除されている。どうして、削除してしまったのか。

 最初にこの写真を見たときには、わたしもこれは池上駅前だと思ったのだが、よく考えてみると、庭先を通過する電車は、速度を緩めてはいない。もし、この写真が池上駅前であるとするならば、蒲田から来た電車はここではほとんどノロノロ運転になるはずである。
 しかも、蒲田方面から池上駅に滑り込んでくる列車は、駅の手前で急カーブを曲がる。
 「映画」のなかで、吉井家の庭先を走り抜ける電車は速度を落としてはいない。
 カーブらしき軌道も見受けられない。

 この場所は池上駅前ではないのだ。おそらくは、池上駅と蓮沼駅の間のどこかだろう。
 それをピンポイントで探し当てたいが、吉川家の庭先から見える風景にはほとんど特徴らしきものが映りこんでいないので、この作業は難航するに違いない。
 わたしは、いずれは解明しなければならない、吉井家庭のセットの場所らしきポイントを探しながら、池上線沿線の道を蓮沼に向けて歩いた。途中にいくつか、それらしいポイントが見つかったが、今回の調査の目的は学校横の道の特定なのである。いくつかのそれらしい場所を写真に収めて、わたしは蓮沼駅に向かった。

 二十分ほど歩くと、目的地に着いた。
 ここが学校道の本命だろうと、あらかじめあたりを付けていた場所である。

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平川克美(ひらかわ・かつみ)

1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。渋谷道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを内田樹らと共に設立。現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。また、株式会社ラジオデイズにて音声コンテンツダウンロードサイト「ラジオデイズ」を運営。2011年からは立教大学ビジネスデザイン研究科の特任教授に就任し、ビジネスから教育へと活動の場を広げている。

著書に『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社新書)、『株式会社という病』(講談社現代新書)、『俺に似たひと』(医学書院)、『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(ちくま文庫)、『移行期的乱世の思考』(PHP研究所)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)など。

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