隣町探偵団

第25回 操車場原っぱでのロケを解明する

2013.10.13更新

 黒澤工場のあった場所には、現在富士通の建物が立っている。なぜ、黒澤工場が富士通になったのかについては、また後ほど説明しよう。

 閑話休題。ここでもう一度「映画空間」の中に分け入ろうと思う。
 『生まれてはみたけれど』の中で、最も分かりにくいのは、「操車場原っぱ」での子どもたちの導線である。「駐車場原っぱ」での撮影には、沢山の黒澤工場の従業員や、黒澤小学校の生徒が見学していたかもしれない。

 そういう目で見れば、それぞれのシーンはまた違った色合いを帯びてくる。
 「操車場原っぱ」でお金を拾った悪ガキたちは、それを駐在所に届け出る。原っぱには、屋台の菓子屋(おでん屋に見えるが、荷を見ると駄菓子屋であろう)が止まっている。悪ガキたちは、屋台の菓子屋の地点から駐在所まで移動する。そして、駐在所で拾ったお金を没収されてガッカリしながら、また原っぱに戻る。
 そこまでの悪ガキたちの導線から、駐在所の位置を割り出すことができるだろうか。

 シーンを順番に追ってみよう。

第25回 操車場原っぱでのロケを解明する

(図版71. 原っぱと駐在所の位置関係を示すシーケンス)


 写真の矢印は悪ガキたちが動いていく方向を示している。
 まず、写真の⑥と②に注目してみたい。
 原っぱにいる屋台の菓子屋に向かってそれぞれ反対方向からとらえたショットである。ここから、屋台の菓子屋の背後にも、前面にも家が立ち並んでいることが分かる。
 つまり、この原っぱは前後を家で囲まれた場所であるということである。
 ③④⑤の映像から、この原っぱは駐在所の前を通る道に繋がっていることがわかる。
 駐在所は原っぱの直ぐ近くにあるのだ。

 駐在所からまっすぐに引き返した場所を、駐在所側からとらえたショットが⑤である。
 悪ガキたちはここから駐在所を背に、右折してもとの屋台の菓子屋の原っぱに戻る。⑥がそのショットである。悪ガキの導線に注意しながら以上の導線を、スケッチしてみると下図のようになる。

第25回 操車場原っぱでのロケを解明する

(図版72. 原っぱと駐在所の関係のスケッチ)


 この図の中で、駐在所の場所が特定できれば、原っぱでのおおよその位置が推定できるだろう。昭和15年地図で、原っぱ近くの駐在所を探してみると、ひとつだけ見つけることができる。おそらくはこの駐在所が、悪ガキたちがお金を届けた駐在所に間違いないだろう。
 根拠は、駐在所の写真に映りこんでいる橋である。昭和15年地図の上に、六郷用水路を書き込んでみると、まさにピタリと写真の図柄に収まる位置に橋が架かっていることがわかる。
わたしたちは、またしても六郷用水路に助けられたわけだ。

第25回 操車場原っぱでのロケを解明する

(図版73.駐在所の位置、用水路と悪ガキの経路)


第25回 操車場原っぱでのロケを解明する

(図版74.現代地図上での駐在所位置)


第25回 操車場原っぱでのロケを解明する

(図版75. 駐在所の場所。写真は地図の矢印の方角から撮影したもの)


 図の、青の破線が六郷用水路の支流である。この六郷用水と操車場からの道が交わるところ(四つ角の東側)に駐在所があったわけである。「映画」のなかの駐在所の先には橋が見えていた。(写真33の④参照)

 この実写は、子どもたちが通ってきた道を反対側からとらえたもので、道の先には富士通の建物が見える。この富士通の建物の場所が、旧黒澤工場なのである。
悪ガキたちの、帰りの経路も同じであり、図の点線が途切れるところあたりを右折して原っぱに戻ってきている。

 戻ってきた場所、つまり屋台の菓子屋があったおおよその場所も、悪ガキたちの導線から見当をつけることができる。駐在所から戻ってきて右折した場所。その場所には駄菓子屋の屋台が止まっており、屋台の周囲には家が建っている。

 空地として想定されるのは、図に示した二か所である。交番の前でのやり取りは図の三角形のエリアで撮影し、屋台の菓子屋の場面は図の長方形の空き地で撮影して編集でつないだというのがわたしの推理である。(点線のエリアは、兄弟が地元の悪ガキたちと最初に出会ったと想定される場所)。

第25回 操車場原っぱでのロケを解明する

第25回 操車場原っぱでのロケを解明する

(図版76. 屋台のあった広場: 昭和15年地図と昭和22年航空写真)


 このエリアを黒澤村全体を示した図(図版68)と見比べてみると、まさに黒澤村の中で撮影が行われていることがわかるだろう。映画『生まれてはみたけれど』の調査が進めば進むほど、小津はまさに黒澤村の周辺をロケ地にしていたことがわかってくるのである。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

平川克美(ひらかわ・かつみ)

1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。渋谷道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを内田樹らと共に設立。現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。また、株式会社ラジオデイズにて音声コンテンツダウンロードサイト「ラジオデイズ」を運営。2011年からは立教大学ビジネスデザイン研究科の特任教授に就任し、ビジネスから教育へと活動の場を広げている。

著書に『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社新書)、『株式会社という病』(講談社現代新書)、『俺に似たひと』(医学書院)、『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(ちくま文庫)、『移行期的乱世の思考』(PHP研究所)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)など。

バックナンバー