ウソつきの国

 「ウソつきの国」にある「ウソつき会社」たちの蛮行もまた、程度が悪化しているように思われます。表面上のルールは守るけれど、法律に引っかかりさえしなければ、何をしてもいい。とにかく儲かればよいと、詐欺まがいの商売をする。
 たしかに「会社の本質は結局利益追求である」と勢古さんも書きます。ただし、「利益の追求のしかたというものがある」と。短期連載の最終回では、会社とウソ、について書かれた部分を抜粋してお送りします。文中、勢古さんが、自分に対してツッコミを入れる部分にもご注目ください。本書を通じてときどき出現する、この自分ツッコミは、ミシマ社メンバー内で秘かな人気ポイントとなっています。
 
 いよいよ2月22日(水)に発売となる本書。
 「フェイクニュース」「Post-truth」「オルタナ・ファクト」といった言葉が踊る昨今ですが、それらに対して対症療法的な解決策は無いような気がします。むしろ、メディアに踊らされがちな自分をしっかり見据えながら、行ったり来たりしながら、思考を積み上げていく勢古さんの言葉や、姿勢にこそ、「ウソのなかを生きぬく真」のヒントがあるように思います。ぜひ今、手にとっていただきたい一冊です。

短期連載第4回(最終回) 「鯛は頭から腐る」の会社

2017.02.17更新

 テレビのCMは今では携帯電話とゲームが跋扈している。わたしにはどちらも関係ないが、世間では関心が高いのだろう。吉本ばなながこんなことを書いていて、「だめもと詐欺」だと怒っている。携帯電話を買うと、前もって「全く必要のない数週間だか一ヶ月だかは無料でそのあと有料になるアプリ」がごちゃごちゃと入っている。で、販売店員は、もしそれが不要なら「後ではずしていただいてけっこうですから」という。しかしそれは「はずし忘れた人や理解できなかったお年寄りから、月々数百円ずつ取れたら大きいよね、うっかり忘れてくれるのに期待しよう、ということだ」(『イヤシノウタ』新潮社)。

 そのとおりである。まったく、薄汚いあこぎな商売をするものである。これはアメリカ発の手口なのか、それともガラパゴス日本だけなのか。どっちにしろ、ばか社員(ずる賢い社員)が「こういうの、どうですか? 儲かりますよ」と提案し、ばか上司が「おお、それいいな」ということで決まったのだろう。よく会社もOKを出したものだ。

 店員がいくら違うといっても、使用者が外し忘れたり、めんどうくさくてそのままにするのを期待しているのはあきらかである。

 そういうことですか? と聞いてみると「違います、お使いいただいてもし気に入っていただけたらそのままでお使いいただければというプロモーションの一環で親切な気持ちで初めは無料にして楽しんでもらっているんです」と言う。でも、ほんとうにそう思っている人なんてひとりもいない。みんなわかっているのだ。人を騙して小金を稼ぎたいと堂々と言っているようなものだ。
「じゃあ、私はほんとうに使わないので今すぐ外してもらえますか?」というと、応じられないと言う。そして、めんどうくさいおばさんが来たな、という感じになる。

 じつにこすっからいことを考える商売人がいるものである(アップルは二〇一六年秋リリースのiPhone基本ソフト「iOS10」から、標準アプリが削除可能になると発表したらしいが、それがどうなったか、わたしは知らない)。親切ごかした名目や言い訳をはじめから考えているというのも、卑しい根性である。どの携帯電話会社もテレビでは芸能人を使っておもしろおかしいCMを流しているが、現場では「契約の二年縛り」や「端末実質〇円」など、ユーザーをだまくらかすことばかり考えているのである。とにかく儲かればなんでもいい、という商売人が多すぎる。

 通販で家庭用カラオケ内蔵マイクを売っている。このマイクを二〇万本売ったと実績を誇る会社もある。ばかじゃないかと思う。こんなはた迷惑な商品、ご近所騒音トラブルを誘発するだけである。だいたいどこのばか会社が作っているのだ。密集した住宅街の家庭でカラオケなど歌われてはたまったものではない。買った連中は大音量で歌うにきまっているのだ。二〇万本売ったのなら、少なくともその周囲の前後左右の四軒、合計八〇万の家庭が大迷惑をこうむっていると考えていい。商品企画の段階で「こりゃちょっとはた迷惑な商品ですね、やめませんか」という反対意見はなかったのか。それよりも、「おまえたちはこんなくだらんものを作って、仕事に誇りがもてるのか」と、なぜ社長はいわなかったのか。まあ、いうはずがないな。

 会社にとって一にも二にも必要なことは、いまやただの掛け声に堕しているおそれもあるが、それでもやはりコーポレート・ガバナンス(企業統治)である。すなわちコーポレート・レスポンシビリティ(企業の社会的責任)であり、コーポレート・エシックス(企業倫理)である。コンプライアンス(法令順守)であり、カスタマー・サティスファクション(顧客満足)である(わざわざ「コーポレート」と限定せずに、全部「ヒューマン」で置き換えができるのではないかと思うが、それは人間の本質と会社の本質がちがうからである。会社の本質は結局利益追求である。しかし、利益の追求のしかたというものがある)。

 そして、これらの原則を徹底するためには、会社のトップの思想が決定的に重要である。だが、鯛は頭から腐る。わざわざこれらの原則が強調されるのは、逆にいえば、会社は容易にこれらから逸脱するということである。これらの原則を守るのも骨抜きにするのもトップ次第である。下士官や兵がいかに世界的にみて屈強・優秀でも、大将や参謀がアホだとどうにもならない。旧日本軍にかぎった話ではない。自分の収入だけはちゃっかり確保しておいて、人件費を圧縮するのが経営者の手腕だと考えている、経営者の資格がない経営者が多すぎる。とにかく長時間働くことが仕事、と考えている無能な上司が多すぎる。

 だが、世界にはまれにこういう経営者もいる。アメリカにある社員一三〇人の小さなカード決済代行会社(グラビティ・ペイメンツ社)の話だが、三十歳のCEOが一〇〇万ドル(約一・一億円)の自分の報酬を七万ドル(約七九〇万円)に下げ、全社員の最低賃金をおなじ七万ドルに引き上げたのである。その結果、鯛全体は生き生きとし、翌年に業績は二倍になり、一一人の社員に子どもが生まれ、一〇人が結婚した。それに伴い、社員の消費活動も活発になったという。会社には前記の諸原則以外にもうひとつ、エンプロイー・サティスファクション(従業員満足)も必要ということである。

「第二章 「鯛は頭から腐る」の会社」より

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勢古浩爾(せこ・こうじ)

1947年大分県生まれ。明治大学政治経済学部卒業。洋書輸入会社に入社したが2006年に退社、執筆活動に専念。「ふつうの人」の立場から「自分」が生きていくことの意味を問いつづけ、『まれに見るバカ』(洋泉社・新書y)で話題に。その後も『アマチュア論。』(ミシマ社)、『定年後のリアル』(草思社文庫)、『会社員の父から息子へ』(ちくま新書)など著書多数。最新刊『ウソつきの国』(ミシマ社)が2017年2月22日に発売予定。

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