石井ゆかりの闇鍋インタビュー

プロローグ・その3

2014.02.12更新

仕事の動力。

そんな経緯で正月某日、私は再び、
三島社長と新居さんと「軽く打合せ」することになった。
三島社長は私と1つちがいくらいだ。
新居さんは新入社員で23歳である。
私と新居さんのあいだには16年という深い溝が横たわっている。
しかし、彼女はおだやかに落ち着いており、堂々としていて、
仕事をする人としての風格のようなものがある。
かくいう私は、いまでもときどき学生に間違われるほど、落ち着きがない。
三島社長はのんびりしているが、どちらかといえば学生っぽい感じだ。
なんだか変な組み合わせだなあ、と思ったが、
編集者さんというのは本当にいろんな人がいるので、
こういう「変な組み合わせ」に慣れてしまっている自分に気づいた。

「闇鍋インタビュー」企画について少し話をしたが、
私はもうここから、断然、企画の中に入れていくつもりであった。
つまり、三島社長と新居さんも、私にとっては「他者」である。
この場は打合せとはいえすでに貴重な「他者との対話」の場なのである。
もし、ここで気を抜いてしまえば、私はまた、
自分の思ったことばっかりしゃべって、それで終わってしまうだろう。
それではもったいないのである。いろんないみで。

ゆえに、私はインタビュー用のメモパッドをあらかじめ、
手元に置いていた。
いただき物のムーミンのノートだが、これはかねてから私が
「インタビューにぴったり」と考えているサイズのものなのである。
これをプレゼントしてもらった段階ですでに、
この企画をスタートさせることが決まっていたんだ...
これは運命なんだ...
というこじつけの妄念によって、
インタビュー企画へのプレッシャーがわずかに軽くなる。
とはいえ、私の人生ではたびたび、そういうことが起こった。
恋人ができる前に編み物をちょっとかじるとか、
人前に出る仕事をオファーされる直前に服を新調していたとか、
そんな「あらかじめ道具が用意されている」現象、である。

この日の打合せは15時スタートの予定だったが、16時に変更になった。
というのも、
三島社長が「東京から戻ってくるのが遅れそう」だったからだ。
聞けば、月末に出る本の責了が遅れたらしい。
本の責了とは、言ってみれば
「はい、これが完成版です、これを印刷して本を作ってください」
という「できあがり」のことである。
印刷所のスケジュールに間に合わせなければならないが、
著者をはじめとする関係者は〆切に正確とは限らないので、
編集者さんの多くは、責了前に大変な思いをする。
たとえば、責了直前の私への確認事項は、たいてい、
午前2時とか4時とか、とんでもない時間にくる。
「じゃあ、三島さん、寝てないんじゃないですか」
と聞くと
「いえ、昨日の夜は寝ました、一昨日はちょっと...」
という。
「寝ているあいだにだいじなことをおもいついて、
『あっ!』とかなって、思いついてメモしたりして...」
そうなのだ。
作業を終えた、と思って、しばらく他の事をしていると、
そのときに大事なことを思いつくということは、まま、ある。
私は主に、風呂場でそうなることが多い。
そう言うと、三島社長はうなずいた。

「僕の実家は今、石川県にあるんですけど、
近所の銭湯が、温泉なんですよ。
入浴料が400円で、ちゃんと温泉にはいれるんです。
温泉に入るとポカポカなってきて、
なんかこう、うわーっ!! と
なにかがうずまいて、わいてくるんですね。
やるぞー!! みたいになって。
考えてることが流れててくるみたいなかんじになって、
ああいうとき、もしかしたら、
なにかしゃべってますねきっと」

「うわーっと湧いてきて」のとき、
三島社長はダンベルを持ち上げるような、
伸びをするような、宙をかきむしるようなかたちになった。
「熱」の表現がすさまじかった。
人はいろんなエネルギーを仕事の動力にするが、
きっとこの人は、
温泉がボコボコ湧いてくるみたいな、熱狂とか興奮とかを土台にして
ものをつくる仕事してるんだろうな...と思った。


「社長なんて、そんなもんですよ。」

運ばれてきた飲み物をひょいと見ると、
新居さんのカップの上に何か浮かんでいる。
マシュマロだ。
ココアの上に、マシュマロが浮かんでいるのだった。
新居さん曰く、オフィスには鍋がないのでココアが飲めない、
だから今日はココアを飲むのを楽しみにしてきました、
と言う。
三島社長はそれをきいて
「鍋がないとココア飲めないの?」
「飲めません、だってホットミルクが要るじゃないですか」
「お湯じゃダメなの?」
「お湯で作ったココアなんか、薄くて飲めません」
私は心の中で「そうだそうだ!」と叫んだ。
「やかんはあったよね?」
「やかんで牛乳あっためたらたいへんなことになるじゃないですか」
たしかに、注ぎ口にこびりついた牛乳を洗うのは相当大変だ。

四コマ漫画みたいだな...と思い、そう言ったら、新居さんは
「そう、三島さんってなんか
四コマ漫画みたいなことばっかりするんです」
と言い、こう続けた。
「三島さんが『こうすればええんちゃうか』って言って、
みんながそのとおりにすると、
あとで『そんなんあかんわ!』って言うんです。
『三島さんが言ったんじゃないですか!』って言っても
『そんなこと言ったかなあ』と。
でも、ある書店員さんには
『社長なんてみんなそんなもんですよ』って言われました」

言いしれぬ説得力があった。

あるとき、三島社長がオフィスに遅刻してきた。
理由は「他の部屋に入ってしまった」だった。

エレベーターに乗ったとき、誰かが間違えたのか、
すでに違うフロアのボタンが押されていた。
それに気づかず、止まった階で降り、
そのまま歩いて行って、ぱっとドアを開くと、
玄関にたくさんのハイヒールがずらっと置かれていた。
そこで気づいたのだろう...と思ったら、違った。

「ハイヒールがぶわーっと並んでいて、
『あれっ、今日こんなお客さん来る日やったっけ』
と思って中に入って、
部屋のドアを開いて
『お疲れさまー』って入っていったんです、
そしたら見たこともない女性がおるんですよ」

ハイヒールが並んでいたのだから、当然、女性がいるにきまっている。
そうか、やっとここで気がついたのか、と思ったら、違った。

「よく見ると、カメラとか置かれているんで、
『あっ、今日はなにかの取材の日やった!』
と思って、とっさに
『すみません遅くなりまして!』
と謝ったんです」

見ると、完全に知らない女性たちが、みんなぽかんとしている。
三島社長はここではじめて、違う部屋に入ったことに気がついた。
おそらく、ネイルサロンとか、美容に関係するお店だったらしい。
だから、カギがあいていたわけだ。

間取りは同じだったとしても、
インテリアとか、雰囲気とか、いろんなものが違っていたはずなのである。
でも、三島社長はそういうことに気づかない。
「なにか、違うことを一生懸命、考えてたんでしょうね」
自分の「想念」の中にずっといることができる
というのは、一つの才能だろうと思う。

そういえば、
ミシマ社の本の雰囲気は、ひとつひとつが、
ある意味「一つの想念の世界」を感じさせる。
外界に対して閉じている、という意味ではない。
一つの世界を作るには、
一つの想念の中に世界がまとまっていなければならない。
たとえば「善き書店員」のような、
いろいろな人へのインタビューをまとめた本であっても、
やはり、一人の人間の、ひとつのまとまりある想念の世界を体現している、
というふうに見える。
これは、いわば、おせち料理のようなイメージだ。
いろんなものがいろんなところから集まっているけれど、
その重箱の中は、一つの完結した想念の世界だ。
これは私が感じるだけのことだ。

「一つの想念のなかにいる」というのは、
「言動に一貫性がある」ということには、
必ずしも結びつかない。
むしろ、一つの想念の中にずっといると、
その想念は現実の「世界」のように、どんどん変容していく。
こう書いていて、この記事を思い出した。

「まぁ、宮崎駿という人は、
すごくよく言えば、
「その時々に正直で誠実」
というタイプなんです。

つまり、1日のなかで、
言うことがコロコロ変わるんです。
朝と昼と夜と、
言っていることがぜんぶちがう。
これは、まじめに受けとめてしまう
タイプのアニメーターは、
アタマがおかしくなっちゃうんですね。」
ほぼ日刊イトイ新聞「ジブリの仕事のやりかた。」より)


むちゃブリされる体質。

新居さんは、入社してまだ、1年経たない。
新卒の状態で、ミシマ社京都オフィスに入った。
編集者の経験なども無い。
入社して1,2週間後、三島社長が彼女に振った仕事は
「ミシマガジンの台割(だいわり)つくっといて」
であった。
彼女は聞いた。
「台割ってなんですか?」
三島社長は、
ああそうか、台割り知らんのか、
と思い、こう言った。
「ええからつくっといて」。

そこで新居さんはまず
「台割」
とググった。
そして、本社自由が丘オフィスに電話をかけ、
先輩に
「台割ってなんですか?」
と聞いた。

台割とは、雑誌や本を作るとき、
各ページにどういう内容を配するかを決める、
計画書のようなものである。
ページを模した白いマスがならんでおり、
そこに文章や柄のプランを書き込んでいく。
いわば、本や雑誌の白地図みたいなものである。
彼女はこのシートを先輩から入手し、
見様見真似でなんとか作ってみた。
これを三島社長に見せると
「やっぱりできるやん!」
となった。
彼女の仕事の多くはこのような形ですすめられてきて、今に至る。

「とりあえず、やってみさせる」
というこの方針を、彼女は苦笑いしつつも、
ありがたいです、と言った。
「彼女は、むちゃブリされる体質なんですよ」
と三島社長は言った。
それは、たぶん
できません、と言わないからかもしれないし
なんとなくできそう、な雰囲気を
周囲に漂わせているからなのかもしれない。
あるいは、未知の世界への「冒険」を
あまり、怖がらないからなのかもしれない。


「怖い人のところにいくといいよ。」

話をしていて、
私は、自分が社会人になったばかりの頃
何もかもが怖かった気分を思い出した。
それでなんとなく
「怖い人」
の話になった。

「三島さんは、関わった著者の方で
特に怖かった人っていますか」
と聞いてみると、
「怖ろしいとか、厳しいとかいうのとは全然違うんですけど、
糸井重里さんの仕事をしたときは、
レベルの差というか、実力の差が大きすぎるという意味で、
こわい、というのはありましたね。
自分は新人で、何も知らん状態なのに、
向こうは雲の上の人みたいなことなので、
もう、必死でくらいついていくというか、そんな感じでした」
新人の頃、まったくのダメモトで糸井さんに企画書を出したら、
受けてもらえて、そこから「仕事」がスタートした。
自分で自分にむちゃブリしているようなものだ。

それからしばらくしてミシマ社をつくったとき、
三島社長は、糸井さんに挨拶に行った。
そのとき言われた言葉に、こんな一言があった。

「仕事は、こわい人にいくといいよ。」

「こわい」というのは、
すぐ怒鳴るとか、気むずかしいとか、
そういう意味ではないだろう。
三島社長がいったような
「実力差のある相手」とか
「雲の上のような人」とか
そんなようなことだろうと思う。
あるいは、仕事に非常に真剣な人とか、
もしかすると、ちょっと嫌いだなと思えるような相手かもしれない。

「この人とこの人は仲がいい、なんて言われている人同士でも、
最初から仲が良かったわけじゃなくて、
最初は怖いなと思いながら近づいたり
ケンアクだったりしたことも、たくさんあるだろうと思うんです」

三島社長は、そんなふうに言った。

私なら、厳しい人や、実力差がすごく大きい相手とかは
避けたくなってしまう。
最近、たまに対談をさせていただくことがあるけれど
逃げたいような思いがする。
でも、そこで「こわさ」に耐えて、敢えて行ってみると
得難い刺激を受けることができる。
「山に登らなきゃ」
という、わけもない焦りを受けとる。
相手に会うことのこわさが、
会ったあとは、別なこわさに変わっている。
自分が怠けていることへのこわさとか
努力してこなかったことへのこわさとか
そういうこわさに変わる。

企画書で私が
「偉い人や有名な人ではなくともよい、
というかむしろそうではないほうがよい」
みたいに書いたのは、単に
「一般的なインタビュー記事の形式でなくていい」
という意味を込めたのだった。
ブログのインタビューシリーズを本にしたいという企画は、何度も
「無名の人のインタビューではちょっと難しい」
という理由で却下になってきた。
世の中では、インタビューと言えば著名人にするものなのである。
でも、今回やりたいのはそういうことではない。
それで、そう書いたのだった。

しかし、もしかすると
「こわくない方に行きたい」
という臆病な気持ちが無意識に、そこに出てしまったのか。
そう思うと、恥ずかしかった。

でも
「人と話す」
ということのこわさ、緊張感に向かって行くのは
明らかに「こわいほうに行く」ということだろう。
その証拠に、インタビューの前日は、
相手が誰であろうと、あまりよく眠れない。
今からそれを思うと、緊張する。

「こんなことやめればよかった」と思うくらい緊張するなら
それは「こわいほうにいく」ということだ。
きっと、間違っていないのだ。

というわけで
次回以降
「闇鍋インタビュー・本編」
こうご期待。

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石井ゆかり(いしい・ゆかり)

ライター。星占いの記事やエッセイなどを執筆、独特の文体で老若男女を問わず人気を集める。著書に『12星座シリーズ』(WAVE出版)、『愛する人に』(幻冬舎)、『月のとびら』(阪急コミュニケーションズ)、『星の交差点』(イースト・プレス)など多数。

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