石井ゆかりの闇鍋インタビュー

第2回 篠原さん・その3

2014.04.10更新

弟子に説教される「空気」。

合気道の稽古は、最初に先生が「型」をやってみせて、
そのあと、弟子がそれを練習する。
2人1組で、何度も教えられた「型」を繰り返す。
師匠によっては、教える「型」について
あまり説明しないことも多い。
内田先生も、大きなテーマのようなことは説明しても、
一つ一つの動作を事細かに解説することはしない。
しかし、篠原さんは
「めっちゃしゃべります!」
と言う。

「型を覚えるのは結構大変なんです、
技の勘所から、手順の説明など、
ここでは手はここにあってほしい、
で、こうして手を下に下ろして、とか、
私はとにかく、しゃべってます」

段級位「審査」は、篠原さんにはまだ、できないので、
弟子を内田先生に「審査」してもらうことになる。

「去年の8月、うちの弟子がはじめて内田先生に見てもらったとき、
見違えるように動きがいいんです。
やっぱり、指導でここまで違うのか、と驚いて、反省して、
それから、喋るのを減らしてみたんです。
そしたら、弟子に『先生、なにかあったんですか』って
心配されました(笑)」

「内田先生のお稽古のとき、
みんなの動きがあまりにも良かったから、
教え方を変えようと思った、と説明したら、
みんなが
『先生それはちがいます、先生に恥をかかせちゃいけないと思って、
みんながんばったんです!』って言うんです、
で、結局、元に戻りました(笑)」

1回の稽古に、多いときは10人ほど、
少ないときで3人ほどになることもある。
稽古が終わって、みんなで正座しているとき、
お弟子さんから「先生は会員増やす気あるんですか?」と
説教されたこともある。
こう言われて気がついた。
篠原さんは、稽古をできるだけ、直接やりたいのだ。
2人で組んで稽古する際、
弟子一人一人と、自分が組んで回りたい。
そう思うと、弟子を増やしたい、という気にならない。
そういう思いが自分のなかにあることに、
卒然として気づかされたのだった。

そのお弟子さんはしかし
「先生、自分1人でやろうと思っているでしょ、
でも、それじゃあ大きくなりませんよ」
「先生には経済的観念と、コミュニケーション力がない」
「コミュニケーション力というのは、たとえば、
新しく入ってきた人をみんなに紹介して和ませるとか、
そういう、場を作ることをしていない」
など、色々意見してくれるのだった。

お弟子さんに説教を「させる」ような空気を作る。
それは、よく考えると、
すごく難しいことではないだろうか。
だが、そう「なってしまう」感じが
こうして話していても、よくわかるような気もした。
思っていることをぶつけても、
この人は、打ち返したり避けたりしないし
それで打ち倒れてしまうこともないだろう、
という気がした。
それに加えて更に、たぶんお弟子さんたちは
「この人を助けてあげなければ」
と思っているのだろう。
そうさせるものが、篠原さんにあるのだろう。

「そういうの、嬉しいんです、
かまってほしいんですかね、
先生やってると、皆かまってくれるんです、
自分のことを『先生はこうですね』とか言われると
それが説教みたいでも、うれしい、
わたしのこと、こんなにみててくれるんだ、って(笑)」

篠原さんは、そういえば
いつも「人」に会いに行っている。
そこから、変わっていく。
「音楽には興味が無いが、ゆか里さんに会いたい」
「自分が表現することには興味が無いが、ウイさんに会いたい」
「合気道には興味が無いが、内田先生に会いたい」。
合気道というのは、2人1組でやる。
「人に会う」ことで、「動く」ための力を得てきた篠原さんが
人と一対一で、組になって関わる合気道に行き着いたのは
偶然ではないようにも思われる。


「へんなものをもらう」こと。

「人とただ会うだけでもそうですが、
お稽古で、相手の手を取るだけで、
相手がどんな状態かとか、どんな性格かとか、
どんな人かが解る気がするんです。
相性が合わない人だとすごく辛いです、
今日はこの人と組むの、しんどいな、
ということがあります」

「技をかける側と受ける側があって、
これはいわば、
かける側が送信、受ける側が受信、
というような感じです。
技をかける側がきっかけを与え、流れをつくって、
受ける方はその流れに乗って、
感度を上げてついていくんです。
そういうとき、相手が緊張していたり、
精神的に「落ちて」いたりすると、
それがもろに伝わってきましす、
腕に気持ちが入っていないと
「木の棒」をつかんでいるように感じられたりします。
相手が、肩に力が入った状態だと、
こっちも肩に力が入ります。同じ所に力が入るんです。
あちこち力が入ってしまっている人とやると、
あとで体中が痛くなったりする。
へんなものをもらう、という気がします。
あるとき、接骨院の先生に
「へんなものをもらうことありませんか」
と聞いてみたら
「もらわないようにしているから、もらわない」
と言われました」

合気道は「気」ということを言う。
目に見えない「気」というものがあって、
これを「合わせる」のだという。
この「気」という言葉に、
篠原さんは当初、懐疑的だった。
今も基本的には、懐疑的なままだ。

篠原さんが道場をはじめるにあたって、
内田先生の師匠、多田宏先生から
お言葉をいただくことがあった。
「呼吸法をしっかりやりなさい、
24時間がお稽古だからね」
と言われた。
呼吸法は、「気」に通じる。
その頃はまだ「気」などない、と考えていた。
それを先生に見抜かれたのだと、篠原さんは思った。

「非科学的なことに対して抵抗があるんです、
『気』とか、意味がわからないと思っていた(笑)。
でも、今は『気の流れ』とか『気を集める』とか、
『気が通っている』とか、
お稽古のとき、バンバン使うようになりました。
体感として『気が通っている』としか表現できない、
そういうものがあるとわかったからです。
『気』という言葉を使った説明が、
身体に起こっていることにしっくりくるので、
そう言うようになっていきました」

1年前は「『気』とか、わからん」と言っていたのに
1年経って、今では『気』という表現をよく使うようになった。
周囲からは「人が変わった」と言われることもある。
「今は、『気』の存在は、信じてないけど、『気』はあります」
と、篠原さんは言った。
「存在は信じていないけど、それはある」。
説明できないし、証明もできない。
でも、自分のなかにそうしたものが見つかった。
そういうことなのだろうか。
篠原さんが「もらう」と言った「へんなもの」も
「気」の一種なのだろうか。

長い間の、引きこもりのような状態や、鬱屈した状態を経て、
今、合気道の世界で、人を教え、自らもアクティブに学んでいる。
この大変化を、篠原さんはどう捉えているのだろうか。
私は、それを聞いてみた。
「ものすごく、変わられましたよね。」
すると、ここでも篠原さんは、私の予想を裏切った。
「いやあ、自分では、昔からこんな感じだったと思うんですけどねえ」
私は、びっくりした。

しかし、篠原さんはちょっと考えて、
「自分ではそうでもないと思うんですが、
周囲からは『変わった』と言われます。
たしかに、昔はこんなにしゃべらなかった(笑)。
でも、昔のこととか、本当に覚えてないんです、
こんなに今までのことを今、しゃべっているけど、
昔のことは覚えてない」

歌の師匠であるゴローさんは、篠原さんについて
「最初の頃とは別人だよね!」と言った。
通い始めて2,3年目の頃だった。
「仕事を辞めてから、変わった」と言われることも多い。
ここまでの話を伺っただけでも
その変化はさぞかし、大きかっただろうと想像できた。
隣で話を聞いていた三島社長も、
「お稽古している篠原さんを見ていても、
そんな過去があったなんてまったく想像できなかった、
淡々とした、穏やかな人やなあと思ってました」
と、心底驚いた表情をしていた。
「全然淡々としてないです、振り幅が大きいです。
上がったり下がったり」
と、篠原さんは笑った。

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石井ゆかり(いしい・ゆかり)

ライター。星占いの記事やエッセイなどを執筆、独特の文体で老若男女を問わず人気を集める。著書に『12星座シリーズ』(WAVE出版)、『愛する人に』(幻冬舎)、『月のとびら』(阪急コミュニケーションズ)、『星の交差点』(イースト・プレス)など多数。

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