石井ゆかりの闇鍋インタビュー

第5回 平村さん・その1

2014.07.15更新

誰に会って何を聞くのか相手に会うまでわからない、
ミステリーなインタビュー企画、第4弾。
今回はミシマ社さん近くの喫茶店センティードで待ち合わせと指定された。
行ってみるとミシマ社の新居女史が一人座っていて、私を見るとやおら立ち上がった。
「え、今更立って挨拶するような間柄でもないような...」
と思ったが、彼女は
「今回はここから移動するので、すみません、ちょっと待って下さい」
とのこと。
彼女一人分のお会計を済ませ、外に出た。
ど、どこに連れて行かれるのだろう......
っていうか、よく考えると
こういう「どこに連れて行かれるんだろう」みたいな感じって
なかなか味わえないよな......
電波少年とかで
「どこに連れて行かれるか解らない企画!」
みたいなのはあるかもしれないが
普通の生活の中で「先が解らない展開」って
なかなか、ないかもしれない。
すごい。
そう思ったら
やたら楽しくなってきた。

そんな楽しさもつかの間、移動先は徒歩3分もしない、
あるオフィスビルだった。
ということは、どこかの会社様にお邪魔することになるのだろう。
これまでで初めての展開である。
俄然ドキドキしてきた。
なにこの「闇鍋」感。やばい。
興奮を抑えきれないまま、私は新居女史にくっついて
エレベーターホールへ向かった。
この手のビルのエレベーターホールには、たいてい、
何階にどの会社が入っているか、ということが
一覧で掲示されている。
見上げると、見慣れた社名が目に止まった。
もしや。
エレベーターに乗り込むと、
新居さんはその会社のあるフロアへのボタンを押した。

はてなだ!

日本語ができるネットユーザなら知らぬ者とてない(であろう)、
有名サービス「はてな」。
かくいう私も、はてなダイアリーを利用させて頂いて早、10年目。
実は他社さんから「うちでブログを」みたいな引き合いは
けっこういただくのだが、
はてなから変える気にはついぞ、なれない。
身体の一部と化している。
ブログ「石井NP日記」はもちろん、
毎朝の「ツイッターの占い」のミラーもはてなだし、
週報のテンポラリページもはてなだ。
なんといっても毎週、毎日のことなので
更新作業はほぼ無意識だ。手が勝手に動く。
そんなわけで、心の距離はごく親しいのだが
当然ながら、来るのは初めてである。
毎日牛乳を飲んでいても、牧場に行く機会は滅多にない
みたいなことで、
ずっと使い続けているのに、
この空間にはあるいみ「関係ない」んだなあ
と思うと
何か寂しいような気もした(意味不明)。

新居さんははてなのオフィスに、
「こんにちはー!」的な
めちゃくちゃ心やすい感じで入っていった。
この感じは
昔会社勤めしてたときに毎日来ていた
ヤクルトのお姉さんに似ている
と思った。
野菜ジュースとジョアをいつも買っていたっけ...
懐かしい...
と思ったのは、新居さんのフランクな感じだけが原因だったのではない。
2008年くらいまではIT系の会社で働いており、
オフィスの雰囲気全体が、むわーっと懐かしかったのである。
同じ業種のオフィスというのは、似たような匂いがあるのだ。
出版社には出版社の、IT屋にはIT屋の雰囲気というのがある。
どんなに個性的な会社でも
その業界の香り
というのはあるんだろうと思う。

すぐに出てきて下さったのは、
穏やかで明るく、折り目正しい雰囲気をまとった女性であった。
案内されたミーティングルームとおぼしき部屋に入ると
壁際にどーんとモニタが置かれており、
部屋の中が映し出されていた。
東京オフィスとのテレビ会議がここで行われるという。
ハイテクだ...
と、お上りさん的に呆然としていたら
部屋の入り口に、短パンと半袖の男性が現れた。
「今日お話を聞く方は別なんですが、ご挨拶だけ...」
と紹介されたその男性は、
なんと
近藤淳也社長、そのひとであった。

とっさに、私はどうリアクションしたら良いのか解らず
驚いて顎が外れる感じの顔になった。
新居さんは「ドッキリ成功」の不敵な笑みを浮かべている。
負けた。負けたよ。
一切の推理をせず、すぐびっくりするタイプなんだよ私は。


話し方の妙。

先ほど迎えてくださった女性が
今日のインタビュイー、平村さんだった。
歳は聞かなかったが、多分同年代くらいのような気がする。
否、もう少し若いかもしれない。
春や秋口のさわやかな光と風のような雰囲気がある。

彼女がとても「きちんとしている」感じがするのは、
言葉を最後までゆっくり、はっきり発音するからだ、と気がついた。
丁寧語や敬語など、前後につける部分には、
それ自体には大した意味がない。
だから、短めに発音したり、
それが「くっついている」ということだけがわかればよい。
たとえば、「そうっすね」という言い方は
「そうですね」の「で」が端折られたような形だ。
「で」がはっきり発音されないから「っすね」になる。
「ありがとうございます」が「あざーす」になるのも
「お願いします」が「おなしゃーす」になるのも
「ドア閉まります」が「ダァ シエリイェス!!」になるのも
そういうことである。
そこまで極端でなくとも、私たちは日常的に
結構、細部を緩く発音する。
早めたり、端折ったり、ぼかしたりする。
最悪「ダァ シエリイェス!!」でも、けっこうわかるからである。
彼女の場合、そうした濁しや端折りがとても少ない。
語尾までクリアに、全部しっかり聞こえる。
そのことで、安定感にみちた美しいリズムが生まれる。
美しい文字や、きちんと掃除された和室のような、
折り目正しい安心感が生まれる。
これは、ありそうでなかなかない話し方だ。

名刺を頂くと、肩書きに「人事部」とあった。

「人事をやり始めたのは、はてなに入社してからです。
それまでは全然別のお仕事をしていましたが、
人と関わる、調整役のようなお仕事をすることが多かったです」

はてなに入社したのは2008年、もう7年目になる。
それまでは大学の職員をしていて、
はてなのことも、そこで知った。
近藤社長がアメリカから帰国し、
京都オフィスを起ち上げようとしているところに、応募した。
ある程度決まったルーティンを回していくような仕事ではなく
もっと別の仕事がしてみたい、というのが動機だった。

「書類を出したら、面接に来てください、となって、
いきなり、その後上司になった方と近藤2人の面接でした。
私は、インターネットやネットサービスとは距離があった人間で、
その世界のことはちっとも解らなかったんですが、
きかれたのは『最近楽しかったことは?』というので、
その頃読んでいた『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)のことを
一時間くらいひたすらしゃべってました(笑)」

「インターネットの会社で、ものを創る人たちの会社なので、
他の人たちは専門性やスキルを問われて入ってきます。
自分にはその方面の専門性やスキルが無いのが、
コンプレックスなんですが、
最近では、それを強みだと思えるようになりました」

「私は元々、人に興味があるんです。
自分と似てるかとか、気が合うかとかいうことと関係なく、
その人自身のことを知りたい、という気持ちが強いのです。
スキルや専門性があると、
分野それぞれの基準に意識が向くことが多いと思います。
でも、自分にはそれができないから、
むしろ、その人が会社にフィットしているかどうか、とか
その人が何を大事にして生きているのか、とか、
わき上がる情熱のようなものとか、
そういうことを見るようになるんです。
相手に真正面からぶつかっていける、というか」

「それでも、専門性が高いというのは、
カッコイイですよね。
自分ができることを可視化できるわけです。
自分は、自分ができることを可視化することができない。
それは、今もコンプレックスに思うところがあるのですが、
組織には、そういう人も必要だと
思えるようになってきました」


かくいう私も、IT業界に数年間お世話になったが
プログラミングでもネットワークでも何でも
とにかく、何らかのスキルがないと
そこにいるのは、ほんとに辛いのである。
自分がバカの役立たずみたいに思えるのである。
だから、必死に勉強したのだが
向き不向きというのは厳然と、あるのである。
頑張れば何でもできる、というのは
あれは、ウソだ
というのが、IT業界で学んだ最大の知恵の1つだ。

しかし、無論「そういう人ばっかり」では
会社組織というものは、成り立たない。
たぶん、組織というのは、
全体で1人の人間みたいなもので、
頭と手だけでできているわけではない。
足も、表情も、心も、内臓も、いろんなものが必要になる。
血管や神経系や経絡みたいなものは特に
見えないからないがしろにされるけれど
それが弱まると、組織は人間のように、すぐに膝をついてしまう。


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石井ゆかり(いしい・ゆかり)

ライター。星占いの記事やエッセイなどを執筆、独特の文体で老若男女を問わず人気を集める。著書に『12星座シリーズ』(WAVE出版)、『愛する人に』(幻冬舎)、『月のとびら』(阪急コミュニケーションズ)、『星の交差点』(イースト・プレス)など多数。

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